2018年2月  1.不正な蓄財
 今月の教皇の世界共通の意向は、『汚職に対して「ノー」と言う』ですが、この10年ほどの間で、この不正な蓄財に関する意向が取り上げられたことは一度もありませんでした。教皇が世界共通の人類に対する脅威として、不正に富を蓄えること、特に権力を持っているものがその地位を利用してそれを行うことの中に、大きな不正義があることを認識してほしいと願っている気持ちが、とても強く感じられます。そしてこの不正義は、貧しさの中に生きる人々をますます貧しくする恐ろしい力を秘めていることも事実です。
 不正な蓄財には、ある特定の人をだます手口も、社会全体をだます手口もありますが、そこには必ず、「うそ」が隠されています。ところが、このうそのつき方、つまりだましのテクニックが、ますます巧妙になってきている現実があります。以前は有利な情報をひそかに提供したり、特別な便宜を図った報酬として金銭を受領するような単純な構造だったのですが、国の補助金を巧みにだまし取ったり、学校法人や株式会社などが大学の開設や鉄道の敷設工事などで便宜を図ってもらったりしながら利益を生むようにしたりなど、それを犯罪として立証するのがなかなか難しい事例も出てきています。
 私たちの社会から、不正な利益をもたらす営みを追放するために、何が必要なのでしょうか。それは、一人ひとりが悪の誘惑を退けることです。悪は秘密主義です。「他に誰も知らないから大丈夫」とは、悪の常套(じょうとう)手段です。ですから、汚職に関係した大きな犯罪が明るみに出るきっかけの多くは、内部告発です。そして、もし自分の営みの中に少しでも秘密にしている不法な蓄財があれば、とてつもなく大きな犯罪に気づいたとしても、自分のうしろめたさが障壁となって、正義の道を歩みだすことができなくなってしまうのでしょう。
 教皇の意向に掲げられているように「汚職へのあらゆる誘惑を退けることができるように」と、力と恵みとを願いながら、この一週間を過ごしてまいりましょう。