聖イグナチオの「霊操」における“信仰”告白  

 

聖イグナチオは霊操の祈りの体験をする時に、信仰についてたくさん述べている。創造信仰年カトレット師挿絵2.jpg主なる神が被造物である黙     聖イグナチオは霊操の祈りの体験をする時に、信仰についてたくさん述べている。創造主なる神が被造物である黙想する人に直接に働きかけることを信じ、人間が造られたのは、主なる神を賛美し、敬い、仕えるためであり、こうするとことによって、自分の霊魂を救うと信じている。そして、罪人は十字架につけられたキリストを見て、赦され、贖われたことを信じている。また、清められた人として、王であるキリストの呼びかけを信じ、熱心に主の聖なるみ旨を果たせるように恵みを願う。

主イエスの受肉と誕生から公生活にわたって観想して、「二つの旗」の黙想をする。「悪魔の旗」から退き、「主キリストの旗」の下で、富・名誉・傲慢の誘惑に対して、貧しさ・十字架と謙遜によって戦うために恵みは注がれることを信じている。そして、イエスへの愛を強めるために、主が受難に入るのは皆の罪の赦しを得るためだと信じ、それからイエスの御復活を味わう時に、イエスは弟子たちを慰める務めを果たすことを信じている。最後に、「愛を得るための観想」を祈る時に、受けた創造と贖いと個人的な賜物を信じ、神の働きと御摂理をも信じ、すべての良い物と賜物が天の限りない最高の能力を持つ父なる神から下ることを信じている。信仰の答えとして、自己奉献をし、「すべてを取って下さい。主よ、私のすべての自由、私の記憶、知性、意志も。あなたがこれらを私に下さったのですから、主よ、あなたにお返しします。あなたの愛と恵みを与えて下さい。私はこの恵みだけで十分です」(霊操234号)。

 聖イグナチオは愛と感謝の内に主に仕えることを教会の中で行うように「教会と心を合わせるための規定」(霊操352~370号)を定めた。教会は「キリストの花嫁とわれらの母である」と信じたからである。その「規定」と信仰との関係はまた別の機会に述べよう。

(イエズス会司祭)  

 

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