「誰か」とは「私たち」P1020052.JPG


 昨年3月春休みと8月夏休みに、近畿のカトリック学校の生徒先生たちが東北の被災地を訪問した。全国のカトリック学校は、何らかの形で被災地支援を行っている。その中で、このグループの活動の意味を考えたい。
 私自身、東日本大震災が起こらなければと強く思った。ただ、大震災が起こったからこそ、一人ひとりの心に「放っておけない」「自分にも何かできないか」と言う強い願いが生じた。「今すぐ東北へ行きたい」と言う気持ちを持ったのは私だけではないだろう。
 そんな気持ちを持ちながら震災から1年を迎えようとしている時に、学校独自で現地へボランティアに行けない学校が集まって東北へ行く企画がまとまった。これは、学期に1回ずつ集まった「東日本大震災に今わたしたちができることを探る集い」の実りであるが、主催者は近畿カトリック学校連盟の宗教教育研究部会(宗教科の教員の集まり)と言う零細なグループだった。それでも、「行こう」と言う熱意に押されて3月には9校32名が、8月には9校36名が夜行バスを仕立て15時間かけて東北へ行った。
 各地のカトリック学校で教員の交流、研修はある。ところが、生徒のつながりはほとんどない。それが「探る集い」や被災地訪問でまさに絆が生まれた。そしてそこにプロテスタント校も加わり、大きなうねりとなった。何とこのうねりは昨年暮れに東北の高校生たちを近畿に招待する「東雲プロジェクト」にまで成長した。
 大震災と言う大きな悲しみが人と人とのつながりを生み出し、普段なら中々乗り越えられない壁をいとも簡単に乗り越えていった。高校生たちが高校時代に、東北へ行ったことはもちろん、自分の学校の枠を超えて様々な活動ができたこと、その手伝いを教員ができたこと、それを誰も忘れない。
 たかだか3日か4日のボランティアでできたことは知れている。しかし、それを体験した人間が得たものは計り知れない。8月の記録文集から生徒の言葉を。「途中、何でこんなこと(用水路の泥出し)を自分がしなくちゃいけないのか、と考えてしまいました。こんなこと、誰かがやればいいじゃないか、と。ですが思いました。その『誰か』が、『私たち』だと。」
                               (50代 教員)