今を一生懸命生きる
 4月、晴天のある日、群馬県の妙義山に登ってきました。ちょうど八重桜の花も満開で、15,000本の桜の花を堪能させていただきました。神様はこれほど見事な業を成し、人間に平和、癒し、幸福感、存在そのもの、生きている喜びを、お与えくださっていること、しかも、老若男女、宗教など関係なく、それを味わわせてくださっていることを、深く感じました。
 間もなく、この場面は一変してしまいます。人目をひく華やかなものは過ぎ去り、花は落ちて地面は汚れ、毛虫が寄って来て、人々は見向きもしなくなってしまいます。また、新しい形で、神様の創られた動物たちの喜びとなり、次への成長につながっていくのですね。人間の知恵でははかり知れない、神様の偉大な、優しい、自由な、愛を体験させていただきました。目に見える姿から形を変えて、生き続けてくださる復活のイエスを重ねて思い巡らしていました。
 今回、妙義山で初めての体験、鎖り場登山に挑戦しました。好奇心旺盛な私は、年甲斐もなく希望したのでした。登りながら、下りながら、考えました。この鎖一本に、何人もの人がつかまっていますが、もしも私が手を離してしまったら、また、だれかがそうしたら、‥‥思っただけで、冷や汗です。今だから思え、書けることですが、その時は、自分の生きていることに必死でした。人生やり直しがきかないのと同じ気持ちでした。戻ることも中断することもできない苦境を味わい、そこで心に強く感じたのは、いかに平凡な生活であっても、“今を一生懸命生きる”ということでした。貴重な体験を重ねながら、大きな支え、生きる力、希望を感じさせていただき、こうして神様の心に触れさせていただいているように思いました。
 これからも、自然の体験を深く味わい、聖書の中で語りかけてくださる神様の真意を味わいたいと願っています。
〈東京 60歳女性 主婦〉
(出来事に聴く 57 2004/5/21)