Kさん来ました!
 2004年9月6日、念願だった大島青松園訪問を実施。翌日の9月7日は、各地に大きな被害をもたらした台風18号が、日本列島を襲った。その前日に、少し波の高いのが船便に辛かったけれど、何事もなく訪問することができ、感謝せずにはいられない。思えば、2001年4月に広島の「翼の会」(カトリック障害者友の会)のメンバーと訪れてから5回目になる。
 あの時も朝は雨もよいだったが、島に着く頃には晴れてくれた。2001年5月12日にハンセン病訴訟に勝訴する前で、まだ世間の関心は低く島を訪れる人もほとんど無かった頃で、私たちの訪問をとても喜んで下さった。車椅子2人、その家族、視障の2人、心の病いの人とその母、K神父様とM神父様、そしてハンディのある彼らとともに歩んでいる私たち。島のカトリック信徒7人のうち、聖堂に来る体力のあった「Kさん」「Aさん」とともにお捧げしたミサ。筆舌に尽くし難いこの方たちの一生を想うとき、イエス様のご受難と十字架の道行きを、身をもって生きた方たちだと、震える感情を抑えることができなかった。70歳を超える「Kさん」は、大きな後遺症の辛さや隔離の悲しみ、今までの人生の不平などは一言もおっしゃらずに「翼の会」のメンバーを気遣い、家族連れのメンバーを喜ばれた。『きっと「Kさん」は心の中で、ご自分の家族のことを想っておられたのだ』と思い、胸が熱くなった。「Kさん」の深い信仰を思った。
 あれから2年。「Kさん」と奥様のお具合が良くないとM神父様から伺った。何としてもお見舞いしたい私たちは、かえって「Kさん」を煩わせてしまうとわかっているのに、お会いしたくて早朝の新幹線に乗った。
 島に船が着いて‥‥。いつも桟橋で出迎えてくださる「Kさん」の姿が見えない。お具合がかなり悪いのかと案じながら、道を進むと、桟橋のたもと島側に「Kさん」の姿があった。律儀な「Kさん」は不自由な身体を押して出迎えに来てくださっていたのだ。走り寄って「『Kさん』、来ました!!」と、指のほとんど無いまあるい両手を握りしめた。「Kさん」も不自由な両手で、抱えるように握り返してくださった。もう自転車には乗れなくて、松葉杖ですれた腕から血が流れていた。
 「Kさん」と「Iさん」とともにお捧げしたごミサ。「Iさん」ご持参の冷たい西瓜を頬張り、「Kさん」が一生懸命抱えてきてくださったK神父様大好物のジュースを飲みながら、私はまた来ようと思った。静かな気負わない確かな信仰が彼らの満身創痍の身体から私に伝わり、私の心を揺さぶる。なんだかとても懐かしい気持ちに包まれました。
〈広島 61歳女性 主婦〉
写真: 中司 伸聡
(出来事に聴く 67 2004/10/8)