巡礼
 巡礼に行くことが決まった。闘病中の主人、中3の三男、主人の母、私の母、そして私の5人がツアーに参加する。巡礼は本来目的地へ向かって歩き続けるのであろうが、飛行機やバス、電車に乗って移動する。それでも、祈りを第一に優先しつつ、一族が絆で結ばれて旅のできることは、貴重なことこの上ない。上の5人が相携えて旅行するのは初めてであり、主人が病気しなければ巡礼など思いも及ばなかったのだから、そういう意味で奇跡は既に始まっている。人間の限界を意識し、神に向かう心が与えられている。
 化学療法の一期目が終了して退院のめどもついた時、主人は「ルルドへ行きたい」と言った。1999年に間質性肺炎が悪化しないことを祈るために、二人でルルドを経て、サンチャゴ・デ・コンポステラまでの巡礼に参加した思い出深い聖地である。ロザリオの月である10月のツアーを探した。ちょうどフランスの中だけを、ゆとりあるスケジュールで巡礼できるものが見つかった。しかも自分たちだけでは行きにくい場所、ヌベールの修道院、テゼ共同体などを含んでいる。その時点での申込者が8名で、あと2名の参加があればツアーが成り立つとのこと、主治医に相談して二期目の化学療法の日程を少し早めにしていただき参加を決めた。理解と思いやりあるお医者様と出会っていることにも感謝した。
 三男の担任の先生に事情をお話しすると、「欠席する中間試験の代替は教頭と相談の上決めるが、旅行は出かけてください」と快諾してくださった。パリに住む母は、パリからの国内線に合流である。主人の母も、4人の参加のことを聞き、同行することになった。この義母だけは洗礼を受けていない。
 ガンの病状は厳しく、化学的治療なしでは余命半年ほどと診断されている主人である。彼は、この度、デジカメの記録を整理するためにノートパソコンを持参したいと言う。しかし「巡礼の意義は全てをおいて神に向かうこと、日常を離れること」と話すと納得して、コンパクトなメモリーカードを買うことになった。旅の準備をしながら、だんだんと心が整えられていくことを感じ、巡礼が実現できることを改めて感謝した。すべてが無事に進展し、キリストのように変えられて帰ってこられますように! 人生が神に向かう道であることを心で感じることができますように! アーメン。
〈東京 50歳女性 主婦〉
(出来事に聴く 68 2004/10/22)