演出は神様
 私は結婚が契機で、主人とともに1つの学校法人と、株式会社法人の運営に関わることになりました。
 先日、学校法人の職員の採用面接がありました。企業で16年間営業職にあった方で、イギリス留学中にアメリカ人の奥様と知り合ったそうです。こちらは理事長以下5人の面接担当者がお話を伺い、私もその1人でした。5人のうち、他の4人は、義母、義妹の夫、義弟、そして主人でした。姻戚関係にありますから、昔からの感情も表に出て来ます。実際の学校の風土と候補者の経歴が合わない点も、議論の種になりました。いつまでも結論が出そうにないので、とりあえず、明後日に話を続けることにして散会しました。重要な事態のたびに、問題を抱え、それをやっかいな重荷と感じながら歩まねばならない悩ましさが、心の中に引きずられての帰宅になりました。
 家に帰ってから・・・・・。「そうだ。学校ではなくて、株式会社の法人でならばいい仕事をしていただけるのではないか」、「受け入れ態勢も整っているのではないか」という案が出ました。その観点から見ると、ぴったりの人材であることに気が付きました。思いがけない発見に、早速電話して面接担当者の意見を聞きました。この面からの見方について、電話ができた2人の感性と認識は、さほどの違いがありませんでした。おおよそ、この線でまとまる返事が集まりました。
 このたび、私はいつになく、はっきりと自分独自の考えを述べました。意見対立からくる事態紛糾ということを、避けようとは思いませんでした。むしろ、喧嘩別れのようになる場合も、それを受け止める経験をして行くことも大切だと思いました。避けたり逃げたりしないで、より良い関係を築くために、正面から向かい合うのがよいと思いました。
 今回の採用者選抜の経緯に、神様の“渋い演出”を感じます。当初、問題点が多いと思われた状況は、その状況を受け止めているうちに、解決が望めそうな所へと展開したのでした。
 明日は、どのような日が待っているのでしょうか。神様はどういう演出をなさるのでしょうか。このような流れを感じ始めると、自分には、神に対する信頼が足りなかったことに気付きます。神様のお考えを正しくキャッチできますように、事柄の運びの中で平静さを保ちつつ話し合っていけますように、祈りながら歩みたいものです。互いの相違を尊重し、真に理解しあった親族となり、お客様、職員、社会の全てのためになる運営ができるようになりますように。
〈東京 50歳女性 会社役員〉
(出来事に聴く 69 2004/11/5)