僕らにできること
 ある金曜日の午後、あと1時間もすれば仕事帰りの客でにぎわうショッピング・ビルで、ひとりの二十代の女性が亡くなった。そのビルは中央部が吹き抜けになっており、彼女は最上階から飛び降りたのだ。月曜日会社に出勤したときに、僕はそのことを知った。線路をはさんで南側にあるそのビルに出かけ、吹き抜けの壁面に設置されたエスカレーターに乗り、大きなビルの中を眺めながら、僕は最上階へ登っていった。どのフロアにも、数々の商品がはなやかにディスプレイされ、気の早いクリスマス・キャロルが流れていた。彼女が最後に立っていたとされる場所に立つと、吹き抜けの反対側に3階まで届く大きなクリスマス・ツリーが見え、ちょうど真下にあたる位置では、絵画の展示即売会が開催されていた。回廊状に並べられた絵の真ん中に、彼女は倒れていたという。
 彼女が飛んだとき、僕は終業時間が来るのを待っていた。我が家に帰って食卓を囲むように、月に一度教会に青年たちが集まって食事会をする、そのたった2時間前だった。どこにも行き場のない、どこへ行っても受け入れられない人に、「ここにおいで。一緒に食事をしよう」そういうメッセージを届ける集まりが、もうすぐ始まるという時間だった。
 その死の理由について、僕は何も知らない。それでも彼女がこのにぎやかな、明るくて楽しげなビルの真ん中へ、自ら飛び込んでいくことで僕らにさよならをしたことに、諦めにも似た悲しみを感じる。こんな見せかけの、うわっつらの世界に吸い込まれてしまう前に、彼女を振り向かせることができたら、「ここへおいで」と呼びかけることができたら……この世にはどうしても届かない声があり、叶えられない願いがあり、救えない命がある。御国を実現することなんて、できないんじゃないか。僕達に一体何ができるというのか。
 僕らはたぶん、楽器なのだ。神様が息を吹き込むフルート、その指で弦をはじくギター。僕ら自身の力ではなく、御父が僕らを鳴らすそのメロディーによって、人も世界も変えられていくのだ。塞ぎ込むことなく、思い上がることなく、より大きく、美しく響かせる楽器でありたい、と僕は思う。
〈東京 33歳男性 会社員〉
(出来事に聴く 71 2004/12/3)