平和のために何かを
 今日世界中で、多くの罪のない人々が悪によって苦しんでいます。
 私は、日本に来る前、インドで(インド生まれですから)スラムの人々のために奉仕していたことがありました。近年、その体験を混えてまとめた私の小さな文章が、インターネットの上に載せられました。その文章がきっかけで、経済格差の問題を研究しておられる早稲田大学の先生と、懇意にならせていただきました。そして、2004年6月に、私は、この先生のお招きで早稲田大学の学生さんたちに、スラムでの体験や、私の思索などを話させていただきました。
 話のあとで、彼らはいろいろな感想を寄せてくれました。いくつか、紹介してみますと――
「これからはインドの貧しい人たちのために、何ができるかを考えたい。」「現在のインドの諸問題を研究して、解決できるよう努力したい。」「あなたの生き方を知って慰めを受けた。」「あなたのようにすべての人に愛を与える生き方をしたい。」「こころのあり方や生き方を改善すべきだと思う。」「あなたが教えたいことは、互いに愛し合いましょうということでしょう。」「世界平和のための活動を続けてほしい。」
などなどがありました。
 この冬には、私たちの修道会が母体となって展開している「インド・スポンサーシップ・プログラム」の活動の一環として、学生や青年たちをインドに連れて行きます。インドの子供たちに学習道具を届けたり、実地の体験学習をしてもらったりするためです。
 若い人々とこのように活動できるところには、希望があります。
 私たちの世界は、いろいろな意味で崩壊しています。平和が消えてしまっています。精神的な空しさに苦しむ人もいます。今日、多くの人々が、正義と団結と平和を求めています。不正、暴力、戦争、テロリズム、抑圧、悲惨、そして腐敗によって、人々は不安や恐れ、絶望を感じています。人間の心は、一致、分かち合い、友情を求めています。
 私は、自分自身から始めて、家族、隣人、国、世界にある人間の悲しみをぬぐうよい平和の道具となれるでしょうか。神が、私たちをこの平和の道具にしてくださるように祈りたいと思います。
〈東京 47歳女性 修道女〉
写真: 藤井 瀞愁
(出来事に聴く 72 2004/12/17)