ラーメン屋さんの慈愛
 恥ずかしい話ですが、2月最初の土曜日のこと、自動車を走らせていて、道から踏み外し脱輪してしまいました。事故救助の会社に連絡を取り始めました。場所の説明をする段になって、ところ番地を伝えねばならず、20メートルほど離れたラーメン屋さんに入り、教えてもらいました。
 2月初めの夜で、寒風が身に沁みます。石油ストーブの赤い炎が嬉しい店内です。救助の会社から救助車が到着するまでは、1時間弱の待ち時間。店主さんは、50歳代半ば。彼は、「住まいはどこですか?」などと、話し掛けてくれるようになりました。ようやく余裕ができた私も、語りかけました。「こんなこと初めてなんですよ。」「若いうちの敏捷(しょう)さが消えてるんでしょうね。」などと。
 長く待って、ようやく救助会社からの車が来ました。「よし、あとは、30分もすれば、解決するだろう」とたかをくくった私は、店主さんに、処理済み後夕食したいからと、カツ丼1つを注文しました。
 ところが、処理はかなり厄介なこととなりました。到着した救助会社の車は、機械と電気系統とへの対応のみ可能という装備です。いっぽう、私の車の状況は、クレーン車で吊り上げたい部類。つまるところは、別の会社が必要になりました。クレーン車の派遣要請をし、屋外で待つことさらに半時間強。ラーメン屋さんは、もう店じまいを始めました。それがすむと近づいて来て「寒い風だから、風邪を引かないようにね!」「さっきのカツ丼はうちの者が食べるから忘れていいよ。」と言ってくれます。
 ようやく、クレーン車が到着しました。店を閉めた後も、ラーメン屋さんは私と共に、作業中つきあってくれます。クレーン車の作業場所は、至近の駐車場の1区画以外にないとわかり、駐車中の車の移動も必要。店主さんが、持ち主を呼び出してくれ、車の移動もできました。クレーン車の操作は見事。スムースに車の復帰ができました。
 店主さんは、最後まで一緒にいてくれました。そして、帰途に着こうとする私に、「車に異常がないといいね。あなた、大分冷えたでしょ。ちょっと先まで行くとサウナがある。そこで十分温まって、夕飯も食べて帰るといいよ」とまで、言ってくれました。
 憂うつと心細さの中で、実にありがたいラーメン屋さんでした。
 私の祈りと行動のヴィジョンについて、反省させられました。「あのラーメン屋さんの計算の無さ、人情の篤さはすばらしい。世の高い位置で大きな企画に向おうという祈りをしても、あの純粋な慈愛の言動は生まれない。世の普通の暮らしの中で、精一杯の人情を尽くす心に宿る純粋さだ。」――こう考えさせられ、そういう祈りをしていきたいと願われたのでした。
〈東京 60歳男性 教員〉
(出来事に聴く 78 2005/3/11)