金持ちが神の国に入るよりも・・・
 「わたしは、ただ『そうだったのか』と言って欲しかっただけなのよ。あなたはちっとも変わってないわね」と妻から言われ、またあのことを思い出しました。それは、こどもたちが小学生の頃のことでした。
 私が仕事から帰ると、妻の様子がいつもと違い、何か沈んでいる様子です。「どうした。何かあったのか」と聞いても、「別に」と言う返事でしたが、話が途切れたときなどに、フッと、何か変だなという感じでした。何度聞いても、「別に何もないわ」の一点張りに、『結婚以来、何でも話し合い支え合ってきたのに、なぜ言ってくれないんだ』と、情けなく、裏切られたような腹立たしい気持ちから、わたしの声もだんだん大きくなりました。そして、やっと妻が口を開きました。
 その日、こどもが学校で何か悪いことをしたらしく、どう対処したらよいか困ったことなどを、ポツリポツリ話してくれました。話を聞き驚きましたが、「こどものことは何とかしよう。大丈夫だ」と勇気づけ、今後のことなどを話しました。妻も、「そうね、分かったわ」と、落ち着いた様子でした。わたしも妻を安心させてやれたという満足感をおぼえました。
 ところが、それから数年経ったある日のこと、妻からその日のことを打ち明けられたのです。「あの時は、こどものことの他にも気を使うことの多い一日で、少し甘え、慰めて欲しかったの。でも、すぐに、『どうした、何があった。それはあーだこうだ』って言われるでしょ。こどもへの対応は、私一人でも大丈夫よ。あなたには『そうだったのか』と優しく聴いて欲しかっただけなの」と。
 私は、頭を殴られたような感じでした。妻の悩みを解決し、心を軽くしてやったつもりが、一層寂しい思いをさせていたことや、自分が不安なために、沈んでいる妻に黙って寄り添っていてやることができないでいること、『わたしには、何とかしてやれる力がある』という思い上がりがあることにも気づかされました。

 が、あれから何十年も経って未だに、自分は有力だという思いを手放せずにいます。どうか、『すべての人に聖霊の助けがあり、わたしの手助けなど、ないに等しいものだ』ということを肚の底に落とさせてください。わたしが後生大事にしているものを手放す勇気と謙虚さを与えてください。
〈61歳男性 自由業〉
* ふりかえりのヒント*
1.人とのかかわりの中で、しばしば気づかされる自分の弱さがあるでしょうか。それはどんなときに、どのように感じるでしょうか。
2.その弱さを自分はどのように受け止め、どのように祈っているでしょうか。
(出来事に聴く 84 2005/6/3)