未来をつくる仕事
 新幹線がN駅近くを通る度に、私たちの胸の奥に娘と出会った頃の懐かしい想いがよみがえります。すでに施設は移転して、そこにはないのですが、半年以上もせっせと通った乳児院での思い出、そこの田畑から子どもたちと電車や新幹線に手を振ったのが昨日のように思い起こせるのです。
 5年前、妻の誕生日に、突然児童相談所から、養子縁組を前提とした子どもを里親として養育しませんか、という連絡がありました。私たちは、困惑しました。それまで里親制度について機会があれば学び、子どもに恵まれなかったこともあって、その数年前に里親登録はしていました。季節里親(夏休みや年末年始などの期間限定の里親)で思春期の少年と関わりましたが、地域の里親会や勉強会などで里子委託の現状を知るほどに、その可能性は薄いことがわかり、諦めていた時期でもあったからです。
 施設で暮らす子どもたちは、愛情に飢えています。いかに優れた施設であろうと、家庭に優るものはありません。それなのに、施設の子どもたちの現状は複雑で、里子に出ることも許されない子どもたちが大勢いるのです。
 妻の体調があまり良くなかったこともあり、いろいろと夫婦で悩んだ末、神さまがお与えになった子どもとして受け入れようという結論に至りました。それから週に2?3回の面会を通じ、夫と子どもとのつながりが深まっていきました。反面、妻は子どもの養育に不安を徐々に募らせ、病もさらに悪化していくのでした。
 妻は、祈って選び直そうと、シスターに同伴を頼み、数日間修道院で祈りました。それから夫婦で共同識別をし、やはり神さまから授かった子どもとして受け入れようと決断しました。その時、心に響いたみことばは、結婚式のときも選んだ、「あなたがたがわたしを選んだのではない、わたしがあなたがたを選んだ。」(ヨハネ15・16)というみことばでした。神さまが、この子の親として私たち夫婦を選んでくださったのだと思えたのです。
 このような紆余曲折の里親としての出発から、はや5年。子どもは今年小学1年生になり、元気(すぎるぐらい)に育っています。その間、夫の転職や引っ越しなどで、妻の病状がさらに深刻なものになるなど、とても苦しい状況が続きましたが、昨年特別養子縁組が認められ、法律上においても正式な親子となりました。妻も元気が回復し、わが家の長い冬も終わりを告げるのではないかと思えてきました。
 私たち夫婦は、自ら産んだ子どもであっても、そうでなくとも、子どもは神さまがお与えになったもの。その子どもたちを育てることは、私たちに与えられた、未来を作る仕事なのだと思います。主のみ旨にかなった形で、子どもたちに愛を伝えることができれば、一人でも多くの子どもたちが幸せになる日が来ると思うのです。
 今年の夏、再び里親登録を申請しました。年齢、病歴や職歴では、ハンディのある私たち夫婦ですが、里親制度には色々な種類がありますので、子どもたちに対して私たちにできることは何でも受け入れようと考えています。きっと主のみ旨にかなった、私たち夫婦の使命がそこにあるのではと思うのです。
〈50歳代女性 主婦〉
* ふりかえりのヒント*
1.育てるという経験をしたことがありますか。それは自分にとって、どのようなものだったでしょうか。
2.自分の生活をふりかえって、自分が何に選ばれていると思うでしょうか。ヨハネ15・16を味わってみましょう。
3.もし夫婦の方ならば、神さまから夫婦に与えられた使命は何だったと思いますか。
(出来事に聴く 88 2005/7/29)