愛するイエスさま ―黙想と息子をとおして―
 かねてからの望みだった8日間の黙想(霊操)へと一番ふさわしい時に導いてくださいました。1ヶ月以上連絡の途絶えた二男のことに心は重苦しく、不安、心配が日ごとに募り、祈ってもあなたはウンともスンとも応えてくださいませんでした。あなたへの信頼も揺らぎながらの苦しい日々でした。「苦い水」を心に抱えたままで黙想に招き入れられました。その初日からこの私の姿をありのままに見ることに導かれました。息子の安否を心配し、無事を祈る心だけでなく、「私がこれ以上苦しみたくない!」、自分の安心を求め、息子の抱えている問題が私にふりかかることへの恐れ。こんな私のエゴを隠してイイ子ぶって祈っている私の姿を目のあたりにしたとき、私は恥ずかしくて顔をあなたに上げることができなかった...。
 でも、あなたはこの私の愚かさ、弱さ、強がり、そして痛みもすべてご存じでした。それだけでなく、今まで溢れんばかりによいものを与えてくださっていました。この恵みに対しても、知らず知らずのうちに私は思い上がっていたようです。今回の息子のことでの気づきがなければ、この「思い上がり」であなたからいただいたものを台無しにしてしまうところでした。2日目の朝、あなたの手で、私の上の重い覆いを払いのけていただいた気がしました。
 黙想が進むにつれて、次々と気づきが与えられました。神さまはこんなに惨めで弱い私がどれほど赦され、愛されているか。こんな私をどれだけ辛抱して待っておられるか。困難の多い歩みでも、「今ここにある」という事実から、神さまはどんな状態の私であろうとも私の中で働き続けておられた。その確信が一日一日と強められるようでした。「無力さ」と「愛されている」ことの気づき、この2つが触れた瞬間、私は「0」にリセットされる。そこからまた歩き出せる。何度もこのチャンスは与えられる...。
 息子に対してもあなたの思いは変わらないですね。多くの失敗、ぶつかっては傷つき心配ばかりかける息子をもあなたは愛し、助けたいと望んでおられることをはっきり知りました。黙想会の最後の夜、「1ヶ月前から東京で働いている。前の仕事(一日も早く離れてほしいと願い続けていた)もキチンと辞めた。心配かけてゴメン」という息子の声を届けてくださった時は、驚きと感謝でただただ涙。
 8日間の黙想、息子のことをとおしてイエスさま、あなたが私の「苦い水」を「ぶどう酒」に変えてくださったことを信じます。そしてこれは、私と3人の子どもたちを生かす命の水であることも...。
〈47歳女性 ピアノ教師〉
* ふりかえりのヒント*
1.自分の生活の中で、「苦い水」が「ぶどう酒」に変わる体験があっただろうか。それは何をきっかけにそうなったのだろうか。
2.現在の「苦い水」を祈りの中で味わってみよう。それが「ぶどう酒」に変わっていくため、私は何に気づく必要があるだろうか。
3.放蕩息子のたとえ話を味わってみよう(ルカ15・11-32)。家出した息子の心は。その息子を待っている父親の心は。
画: レンブラント
(出来事に聴く 92 2005/10/21)