調剤薬局からの福音
 私は先月から、勤務先の病院の都合上、今までとは違う街にある薬局に異動になった。そこに来局する患者さんの7割弱が、『お年寄り』や『生活保護を受けている人たち』、そして、『在日外国人』といった、いわゆる『重荷を背負っている人たち』で、数としては、圧倒的に多い。
 仕事柄、来局者と接する度に、私は彼ら一人ひとりが『荒野のイエス』の姿に見えて、仕方がない事があり、仕事帰りにその日1日の出来事を振り返っていると、彼ら一人ひとりの顔が私の心に迫ってきて、『イエス様の荒野での苦悩は一体、どんなものだったのかしら?』、と考えさせられたり、ハッとさせられる事がよくある。そして、神様は私に今、この場で私にどんな事を語りかけ、何を望まれているのか、という事を祈っていると、翌日に職場で『共にいて、私を支えてくださっている』瞬間を感じ取る事がある。
 そんな『荒野のイエス』が私に語るメッセージは実に様々な事を伝え、多くの事を教えてくれる。『仕事で接する多くの人々に対して、自分の態度や言動は誠実かつ謙虚なものか?』、『来局者の一人ひとりを自分の隣人として、私は迎え入れているか?』、『私は愛を持って、彼等と向き合っているのか?』等々で、数え上げれば、キリがない位だ。
 医療の仕事に従事していると、自分自身の弱さにも、ぶち当たる事がよくある。弱い立場の人たちが相手の仕事なので、それはより顕著になって、出来事に表われてくる。その時に大切だ、と思うのは、その『弱さの受け入れ方』だ、つくづく実感する事がある。自分が壁にぶつかった時、『神を心から信じ切っているかどうか?』が問われていて、それがしっかりしてくると、助けとなって、すんなりと自分の弱さを受け入れる事ができて、そこから大いに力を頂く事がある。そして私にとって、自分の弱さを受け入れる事は、『神に立ち返る事を思い起こす』事でもある。
 よく人から、この仕事の内容を話すと、『大変ですね。やっていて、重くなったり、疲れたりしませんか?』という質問をされることが多いのだが、私は平然と『いえ、ちっとも』と、答えている。それだけ、私は来局者の姿をした『荒野のイエス』から、実に多くの事を学んでいるのかもしれない。
 調剤薬局の仕事を通じて、『荒野のイエス』に出逢わせてくれた神様に感謝しながら、これからも医療の仕事に従事していきたい、と考えるこの頃である。
〈33歳女性 医療事務員〉
* ふりかえりのヒント*
1.あなたは自分の場(職場や家庭)でどのようなイエスと出会っていますか。
2.そのイエスはあなたにどのようなメッセージを語りかけていますか。
(出来事に聴く 96 2006/1/20)