いのち
 10年以上前、弟のいのちが、あと3ヶ月と医者に宣告された時、頭も心も凍てついた状態になった。なんて可哀相な弟の人生だろうか。私の心は掻き毟られる思いだった。私はいたたまらなくなり全てを置いて弟の看病に当たった。私には弟が死ぬ前に、どうしてもやらなければならない事があった。それは十数年間の絶交状態を解き、赦し合う和解であった。和解しなければ、私の人生も空しいものとなる。心の叫びに素直になり、ベッドに横たわっている弟に赦しを請い、心から和解し、姉弟の愛が蘇った。荷が軽くなり、私の心は安らぎを得た。
 喜びの中で看病しているうちに、弟の家庭が崩れかかっている事に気がつき、心臓が抉られる感じであった。病院の給湯室の片隅で9歳の姪が泣いていたので、その理由を聞くと母親から「お父さんが死んだら、子供たちは施設に入れると言われた。私は施設には行きたくない」。「そんな事は絶対にさせないから安心しなさい」と姪を慰めた。私は今後弟の家族に関わるであろう、否、関わらなければこの子供たちは死んでしまうと思った。しかし、どんな関わり方をするのか全くわからなかった。
 弟は翌年、46歳の生涯を全うした。3ヶ月後、姪は家を飛び出した。児童相談所に相談する事になり、姪の考え方と判断力を優先することになった(母親は病気の為、養育不能と判断)。玄関の戸を開けると痩せ細った小さな姪がニコニコして立っていた。あの病院の給湯室で感じた事はこれだったのか!私はびっくり仰天しながら、イエス助けて!と叫びつづけた。子育ては神の仕事、親はその下請けと昔聞いた事を思い出した。姪育ては神の仕事、私はそのお手伝い。喜んで、自由に、愛をもって、希望のうちに姪育てをスタートした。姪が学校へ行っている間、叫び、祈りつづけ、神から頂いた全ての恵みを使わせていただいた。
 姪が22歳になり、社会に出るため自立への道をスタートさせる。姪育てを振り返ってみて感じるのは、いつもその時、その場に、その事に必要なものは全て準備され与えられていて、何も困らなかった事だ。神からの大きなプレゼントだと思っている。姪育てをする上で大切にしたものがある。姪と私が共倒れをしないために、何を今優先しなくてはならないかという大きい識別と日々のミニ識別をしていく事。助けを素直に受ける事。分かち合いをありのままにしていく事。日々の中で信頼する分かち合いの友がいる事は大きな支えだった。神に呼ばれ姪育ての手助けをする恵みによって、私も硬くなさを剥ぎ取られ、少しやさしい人間になったような気がする。今、その恵みをかみしめている。
〈61歳女性 療養、ボランティア〉
* ふりかえりのヒント*
1.誰かと否応なしに関わらざるをえなくなったことがあるだろうか。それは自分にとってどんな体験だっただろうか。
2.人との関わりで、日頃から大切にしていることはどんなことだろうか。
3.「いのち」が亡くなっていくこと、「いのち」が育っていくことをどこかで触れたことがあるだろうか。それは自分にとって、どのような意味があるだろうか。
(出来事に聴く 98 2006/3/3)