幼子のようでなければ
 4月、幼稚園の新学期が始まって、間もない頃の外遊びでのことです。子どもたちをよく観ていると、いく人かは、昨年の担任のもとへ集まって遊んでいました。私のところへも、数人の子どもたちが駆け寄ってきました。一年間担任した子どもは、本当に愛しいものです。「元気だった?」「○組は楽しい?」などの私の質問に、子どもたちは、にこりとうなづきながら、抱きついてきたり、手をつないできたり・・・。その様子からは、自分の方を見ていてね、というメッセージが伝わってきました。進級した喜びと同時に、新しいクラスでの緊張した様子がうかがえました。「神さまは、この小さい子どもたちにも、試練?課題をお与えになっているんだ」と感じながら、ただしばらく一緒にいて、ぎゅっと抱きしめたり、笑顔で話しているうちに、子どもたちは、また元気に走っていきました。
 その子どもたちを見ていて私は、「神さまと、私たち人間の関係と一緒だな」と感じました。神さまに見守られ、その懐に受け入れられ、愛される体験をしたら、今与えられている課題に取り組む力をいただき、元気に生きていくことができるからです。愛されたことを確信して、緊張を抱えながらも元気に駆け出す子どもの姿は、晴天の下、きらきらと輝いて本当に美しかったです。一人ひとりの成長を望んでおられる神さまの祝福が、そこには送られていました。
 この関わりを体験した私は、「神さまは私たちをこの子どもたちのように、生き生きと、生かそうとされている。そのために、主は復活され、いつも共にいて私たちを愛し、成長させてくださるのだ」と感じました。子どもたちは、自分を愛して、受け入れてくれる人を、ちゃんと知っていて、広い園庭のなかで、そこへまっしぐらに走っていきます。その姿に、もう違うクラスの先生などという遠慮や、迷いはありません。人間の側が、神さまから何だか遠いところにいると感じるようなことがあっても、やはり、私を愛してくださる方を、心の深いところで知っているのだから、その神さまに向かうのみなのだ。そして、受け入れられ、愛されて、また元気に派遣されていくのだ。「幼子のようでなければ・・・」という、みことばを、目の前で見せていただいたひとときでした。
〈32歳女性 幼稚園教諭〉
* ふりかえりのヒント*
1.人と人との信頼関係を感じるのはどんなときでしょうか。
2.神と自分との信頼関係はどのようなものとして、とらえているでしょうか。
3.「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない」(マタイ18・3)を味わってみよう。
(出来事に聴く 103 2006/5/19)