苦しみをとおして
 私が慢性疲労症候群という病にかかったのは、16年前のことでした。常に体調が悪く、鉛のような疲労感は片時も去ることはなく、2、3週間続けて寝込むということを繰り返していました。原因もわからず、治療法もなく、2、3年で良くなるらしいという噂だけが頼りでした。その頃、アメリカのある患者団体が、病気の理解を勧めるために作ったビデオを見ましたが、そのタイトルは、Living Hell(生き地獄)というもので、まさに私の気持ちを代弁していました。11年前から歩行が困難になり、外出は車椅子を使用せざるを得なくなりました。何とか良くしたいと、ありとあらゆる治療を試しましたが、良くなることはありませんでした。
 4年半ほど前に神様が呼んでくださり、洗礼を受けました。正直に言って、もう他に試す治療法もなくなり、あとは神さまが癒してくださるかもしれない望みに賭けようと思いました。
 受洗後、教会で10週間の日々の霊操に参加する機会が与えられました。私は20年近く前に禅のメディテーションを始めましたが、受洗後はそれが自然とキリストへ向かう祈りへと変わり、その流れの中で霊操をすることにより、祈りがとても深められました。その間にどれほどの恵みをいただいたかは、言葉で言い表せません。健康になりたいと願い続け、その願いがかなえられない苦しみから解放されました。すべてに意味があり、そのことを通して神様が語っておられることを悟り、自らの十字架を背負って私に従いなさいとおっしゃった主の言葉を理解し始めました。そして何より、祈りを通して主と交わる喜びを知り、たとえどんなに具合が悪くとも忙しくとも、生活の中で祈りを優先するようになりました。祈りの内に主が待っていてくださるという確信は、揺るぎないものになりましたから。
 私たちが犠牲を捧げることを通して、キリストは人類の贖いの業を続けておられることを悟らせていただいたのも、この頃のことでした。そしてそれを実践する恵みを神さまはくださいました。昨年の3月頃から座っていることが困難になり始め、9月からは寝たきりに近い状態です。毎晩寝る前に心から神さまに感謝できるよう、祈りました。どこへも行くことができず、ほとんど何もできなくなった時に、いかに自分が今までこの世のものに執着していたかが、はっきり見えました。神様は私が手放そうとしないすべてを、一つ一つ剥ぎ取ってくださいました。私にとって神様だけがすべてとなるように。そして今、私の心は叫びます。「私はどれほどあなたを愛していることでしょう。私はいまだかつてないほど自由で、その自由をあなたの内に見出しました。」
〈48歳女性 無職〉
* ふりかえりのヒント*
1.あなたの生活にはどのような苦しみがあるでしょうか。その苦しみをどのように受けとめているでしょうか。
2.その苦しみをとおして、神様は何を伝えようとされているのでしょうか。
(出来事に聴く 105 2006/6/23)