イスラエル巡礼でいただいた恵み
 このページを開いてくださったあなたがもし、恋をしたことのある人なら、その相手の人が何を好み、どんなことに興味をもっているのかなど、その人をより深く知りたいと思う気持ちを知っておられることでしょう。あるいは、もしあなたが、愛する人との死別を体験したことのある方なら、生前に語り聴くことのできなかった想いを、その方が大切にしていたものに触れ、よく訪れていた場所を同じように訪れることで、その姿を想いおこし、それらを通して、その人が何を大切にし、どんな想いで過ごしていたのかを共有して生きていたいと望む気持ちを、すでに体験されていらっしゃらないでしょうか。
 イスラエルを巡礼する恵みをいただいた私は、中東情勢が懸念される中、家族や友人の心配をよそに、あたかもガリラヤ湖でイエスに呼ばれた漁師たちのごとく(マルコ1章)、そんな思いを抱いてでかけました。「あなたの想いを私の心に刻みつけてください」と願いながら。
 そして、マリアとヨゼフが旅したガリラヤの町ナザレからベツレヘムまでの道(ルカ2章)、主のご降誕の教会、洗者ヨハネと出会ったヨルダン川(マタイ3章)、誘惑と戦った荒野(マタイ4章)、多くの病人を癒したカファルナウム、パンと魚の教会(マルコ6章)、ゲッセマネの園(マタイ26章)、ペトロが涙した鶏鳴教会(ルカ22章)、聖墳墓教会(ヨハネ19章)、復活ののち弟子たちと朝食をともにされたガリラヤ湖のティベリアス湖畔(ヨハネ21章)などをたどる機会に恵まれたのでした。まさに聖書の箇所を歩き、触れ、イスラエルの風を感じながら、福音書がより立体的に浮かび上がってくるのを感じていましたし、福音書の出来事が確かなものであることを強く感じました。
 今これを読んでくださる方のなかには、それらの遺跡や跡地が本当に本物なのかと問う方もおられるかもしれません。でもそれは私にとってあまり重要なことではありませんでした。なぜなら、今もなおその地を訪れ、巡礼による恵みを信じながら、主を想い涙し、願いを語りに世界中からやって来られる人々の姿をみているからです。この人々の祈りの姿は疑いもない真実で、ここに今もなおイエスが活きておられるということを強く感じ、信じざるをえませんでした。
 ガリラヤ湖付近の宿泊場所から、夜空を眺めると、オリオン座がみえました。帰国後も、同じ星空を見上げては、現地で出会った人々のことが、祈りのうちに、より身近に感じられるようになりました。きっと、巡礼でいただいた恵みの一つなのだと感じています。
〈30代女性 OL〉
* ふりかえりのヒント*
1.どこかに巡礼をした経験があるでしょうか。それはあなたにとってどういう恵みだったでしょうか。
2.どういう場所、どういう時に、イエスとの親しみを強く感じるでしょうか。
写真: 山上の垂訓教会からガリラヤ湖を臨む
(出来事に聴く 109 2007/3/9)