ある福祉事務所で
 私は、毎週月曜日に東京都内のある区役所内の福祉事務所に行っています。
 それは高齢で施設に入りたい、または病気で病院へ行きたいという野宿者が福祉事務所に行くのに付き添って行くためです。当事者たちで行くと福祉事務所の相談員の対応が厳しく、できるだけ保護しない方向で考えられてしまうからです。以前は当事者を呼び捨てにするという人権侵害もあったようです。私たちボランティアが付き添わなくても、当事者が選択できる情報提示やケースワークが行われる時代がくるのを心から願っています。
 その区は東京の真ん中にあって、一流企業がひしめいているところなのでプライドもかなり高く、都内でも厳しい福祉事務所の一つだと言われています。その区役所は新たに新社屋を完成し、ゴールデンウィークに引越し連休明けの月曜日にオープンしました。その日、私は一人の野宿者と共に新しい福祉事務所を訪ねました。彼も病院に行くために先週1人で来て追い返されてしまった後の再挑戦なのです。
 新しい庁舎は3階の福祉事務所までエスカレーターで行くことができて立派で豪華なものでした。区役所の職員は机や椅子の立派さで居心地の良さを笑顔で満喫しています。一方私は、何か居心地の悪さを感じていました。気がついたのですが、職員の使用するものは十分立派なのですが、このセクションは障害者や病気の方が訊ねてくることが多いはずなのに、待っている方のための椅子が一個も置いてないのです。私と共にきた方も呆然と立って待っているしかありませんでした。
 職員たちの立派な椅子より体が弱ってくる来訪者の椅子が先だろうという怒りがこみ上げてきました。他のフロアーは待つ椅子が置いてあるのにこの福祉を司る福祉事務所にないというのはいったいどういうことだろう。担当の職員は、私が指摘するまで、全く気がつかないのです。指摘した後も、すぐには直そうとはせず、「検討する」という回答なのです。行政は決して弱者の立場に立っていないことがあらためて分かります。利用する方のことを考えると本当に悲しくなります。
 暗い気持ちでの帰り道、今日の一日をイエスと共に振り返った時、この出来事に出会い気づかせていただいたこと、弱い立場の方の代弁ができたことを神に感謝したいと思いました。また、私も気づかずに、あの職員と同じように知らず知らずに自分勝手な気持ちから人を傷つけていることがあるに違いないと思うに至りました。「神さま、どうぞ気づかせてください!」と祈りました。
〈男性63歳〉
* ふりかえりのヒント*
1.この出来事のような不条理な現実にぶつかったことがありますか。
2.私は、どのような歩みをしてきたでしょうか。同じような怒り、気づき、感謝のプロセスがありますか。
3.今、その出来事の体験を再び神の前において祈って見ましょう。
(出来事に聴く 113 2007/5/11)