小さい命との出会い
 マリア様の月、5月、大きな森の桜並木の中、木々の香の清々しい空気に包まれたS病院前に降り立ちました。いつものように「主よ、私をお使いください。手と足、声と心を」と祈りながら新生児集中治療室へと急ぎます。マイクで名前を伝え、履物、肘までの手洗い、予防着をつけ、健康チェック表に記入、病室に入り手洗い、予防着をはおり、これでやっと赤ちゃんの側に行けるのです。
 今日は、白い歯の笑顔で手を振る車椅子の小さいR君です。喉の穴から、ゼーゼーと音が漏れています。車椅子を揺らしながら歌っています。彼を取り上げて抱いているうちに、呼吸音がだんだん大きくなり、体を反らして苦しみ出しました。看護師さんに喉の穴から、痰と粘液を吸引してもらうと、すべてのエネルギーを使い果たしたかのようにぐったりと私の腕の中で小さくなって落ち着きました。この吸引は“分”単位で繰り返されるのです。このような命に出会う度に、一息一息がこんなに重いものか、吸う息、吐く息に人は生かされているのだと思い知らされます。叫ぶことなく、人の優しい眼差しと暖かい手に委ねて生かされている子が、とても尊い存在として感じられ、私の胸に身を寄せ眠っている命に、心から「ありがとう」と言いました。
 次はWちゃんです。鼻からも管に繋がれ、手足の細いWちゃんですが、歌が大好きで、音楽かかると、にこにこしながら口を開いてくれます。向かい隣の小さいY君がずっと泣いています。抱いてあやすとすぐに泣きやみました。
 こうしてボランティア活動の日を終え、「私に対するあなたの愛が、彼らの内にあり、私も彼らの内にいるようになる。」(ヨハネ17・26)を実感し、主に抱かれた子供のような幸せを味わいながら帰途につきました。
〈70代女性 病院ボランティア主婦〉
* ふりかえりのヒント*
1.ボランティア活動をした体験がありますか。もしあれば、その体験と共通共感することがありますか。
2.命の重み、尊さについて深く印象に残っている事があれば思い出し、その時に戻ってもう一度味わってみましょう。
3.今、私が生きていること、生かされていることを、命の源泉であるお方と対話し祈ってみましょう。
(出来事に聴く 114 2007/5/25)