神の息吹に乗って
 1999年の12月、ある小さなグループは、小さくされた人達への支援をしよう、路上の人への支援に取り組もうとして、活動は月一回にするのか週一回にするかを話し合っていた。ひとりの男性が、「もし路上の人が、自分の息子や娘だったら、毎日支援するって思うんじゃないかな。」とポツリと言った。しかし具体的なことを考えると毎日は不可能だという尤もな意見が多かった。すると別の女性が、「毎日するなんて、とても信じられないけど、でもやってみたらどうでしょう。神さまの思いと違うなら、続かないでしょう。その時には止めればいいのだし。」と言った。結局、“毎日の活動”という選択がなされた。
 “出来る人が、出来る時、出来ることをする”ということを基本にしたこの活動は、それから一日も欠かすことなく今日まで丸7年続いており、支援の輪も広がってきている。
 そうこうする中、このような支援の手からこぼれてしまう人 ――ドメスティックバイオレンスの犠牲者、女性の路上生活者、出稼ぎ外国人労働者と家族、精神的弱者や知的ハンディを負った人たち、ひとり暮らしの老人―― などへの支援も必要であると痛感するようになってきた。
 とはいえ、具体的に場所・働き手・資金などのめどは全くない。そんな矢先に、一軒の古い家屋と土地を借りることができそうな話が降ってきた。しかし、家屋の修繕費や数年間にわたる月額8万円の家賃、資金はゼロ、中心的に関われる人がいない、具体的な活動内容や使い方が見えていない、しかも2ヶ月弱のうちに決断しなければならない…という現実に向かう時、借りることはまったく不可能だと思われた。にもかかわらず“今がそのとき”“私たちを新たにさし出す時だ”という予感、“すべての人が特別視されず歓迎される共生の場、祈りのうちに人と自然が調和する場、私たち自身が貧しいものとなって、自分を深く見つめる場をつくりたい、こんな真の教会を生きたい”という願望は強かった。それに、借りることが神の思いに適っているなら、神が計らってくださるだろう、どうにかなるだろうという信頼、お任せの気持ちもあって、私たちは借りるという決断をした。無謀ともいえる大きな賭けだった。
 家主さんと交渉に入った矢先のこと、思いがけなく、ある人からの資金提供を申し出があり、ことは、トントン拍子に実現した。 今、この家は、いろいろな人に利用していただいている。
 これらのことを振り返って見ると、私たちの計画、思いではなく、神の息吹に吹かれて、いつの間にか運ばれてきたのだなーという不思議な思いになる。
〈60代男性 元会社員〉
* ふりかえりのヒント*
1.大きな力に動かされ、導かれ、運ばれたのだと実感した体験がありますか。
2.この“出来事に聴く”から自分の生き方に示唆となったこと、問いかけとなったことは何ですか。
3.常識をもって賢明に生きることと、信仰による真の賢明さ、識別をもって生きることにはどんな違いがあるのでしょうか。
(出来事に聴く 117 2007/7/6)