そろばん検定
 私は7歳の頃から近所の珠算教室に通ってそろばんを習っていました。先生の指導のおかげで割合早く上達し、小学校5年生になる頃には2級をとることができました。そろばんの魅力の一つは、次々に級を上っていくことです。最後の関門、珠算の教師となることができる1級の検定試験は、小学校5年の2級合格から受けはじめ、中学、高校と何度受けても不合格、数えあげれば14,5回落ちています。さすがに挫折感に打ちのめされました。高校一年の秋、もうこれ以上は無理だ、次の試験を最後にしようと決心しました。必死に練習し、試験当日も自分の最善を尽くして結果を待っていました。すると先生から「合格おめでとう!」という通知があり、半信半疑で点数を見ると、いずれもの科目も合格点をクリアしていました。感動のあまり涙が出てしまいました。辛抱し継続していくなら、窮地にたたされても必ず結果へと繋がるのだと確信した出来事でした。

 今になって、なぜあんなに何度も落ちたのかと考えます。いろいろな要因があるのですが、一番大きな原因は「計算」「雑念」が入ってしまったことだと思います。珠算は精神的な競技なので無心でやらないと正確に珠をはじけなくなります。中学、高校と年齢が長ずると「こうやればうまくいく」「こうすると速くはじける」というように計算がどんどん働いて邪魔します。

 そろばん検定試験の体験は、信仰生活、祈りに通じるものがあり、今も私に示唆を与えてくれています。「神との関係はこうすればよい、上手く祈れるためには・・・」という気持ちがあると神と真実にかかわれないのです。苦しかった検定試験の体験は、子供のように無欲無心、自然な心で神に向かい祈るという原点に私を連れ戻してくれています。
〈27歳 イエズス会神学生〉
* ふりかえりのヒント*
1.これまでの人生で、無我夢中になったことがありますか。何に惹きつけられたと思いますか。
2.失敗の体験から、自分の生き方の示唆なることを学んだ出来事がありますか。どんなこと、そして何を学びましたか。
(出来事に聴く 127 2007/12/14)