子どものようにならなければ
 教会学校でリーダーをしている私は、四旬節に入ると同時に子どもたちと一緒にピエル・パオロ・パゾリーニの『奇跡の丘』を見ることにしました。彼らはだいたい小学校1年生から3年生くらいまでなので、単純で分かりやすいものがいいと思ってその映画を選んだのですが、わたしにとっては少々単純すぎる映画でした。その映画は本当に素朴、単純、おまけに白黒、セリフはほとんど聖書からの引用でした。私はその映画を子どもたちと観ながら「もっと派手な映画にすれば良かったなあ」と心の中で思いました。加えて字幕だったので、漢字があまり読めない子どもには少々無理があったと反省もしました。しかし、そうした私の思いをよそに、ゆっくりとした単純なつくりがよかったのか、映画の中でイエスが奇跡を起すたびに子ども達は「すごい、これ本当の話なの?」と歓声を上げたのでした。皮膚病の人が治ったり、足萎えの人が立てるようになったりするごとに子どもたちからは「やったー」、「かっこいい」と歓声が上がりました。そしてそのたびに、私は逆にあっけにとられたのでした。「イエス様、病気の人を治したよ、本当にいたの?」 「もちろんいたよ。」「へー、イエス様は本当にいたんだ」。

 子どもは本当に単純です。大人のようにいわゆる「現実」という壁がまだないので、空想と現実がいつも彼らの中で息づいています。言い換えると、まだ見ぬものに開かれているので、大人以上にイエスを現実の中で感じることができます。今回の経験は、子どもがいかにイエスを近くに感じているのかを知るとともに、私がいかにイエスを遠くに感じているのかを知るいい機会になりました。「心を入れ替えて子どものようにならなければ、決して天の国に入ることはできない」と言われたイエスの言葉を、もう少し分からせていただいた体験でした。
〈イエズス会神学生 35歳〉
* ふりかえりのヒント*
1.自分が予期していなかった思いがけない反応に驚かされたことがありますか。
2.その出来事を通して、学んだこと、福音、みことばに光があてられ、理解が深まったことは何でしたか。
(出来事に聴く 131 2008/3/7)