主が炭火をおこして待っておられた
 1987年クリスマス、教会の扉に「ディアコニア(奉仕、人への痛み)をご一緒に」とポスターを掲げて呼びかけ、小さな手がかりを頼りに走り出し、難民支援などの活動から病院ボランティアが主な活動となり、移動図書を立ち上げ、小児病棟、病棟活動へとすでに20年の歳月が流れました。
 病院のボランティアに走っている時、友人、父が癌センターに入院し、二人とも逝きました。悔恨から、入院中通っていた病院でマザー・テレサのように仕えたい、本当のボランティアを拓きたいと切望し、また幼い時、一冊の絵本が想像の窓口であった体験から病院を本でいっぱいにしたいと思い、そのためなら何も惜しむまいと決心しました。
 『病の方に仕える病院ボランティアとは何か』と問いながら、無償に徹して、“何も求めない”自由な広がりを求めて“会則を持たない”柔軟さを求めて“組織を作らない”善意を信じて“会費も会計も持たない”病の人に呼ばれたら、本を携えて“応えよう”「主よ、今日一日、私をお使いください。手と足と声と心を。」という祈りの中での歩みでした。
 この趣旨を世の仕組みや流れのなかで、批判にさらされ、協調しながらの試行錯誤の模索でした。他の病院からの声がかり、小さな声も、大きな声も、主がお呼びだと思えました。この何とかお応えしようと始めた小さなグループは、現在、12の病院で、必要に応えて増えた多岐にわたる奉仕活動になり、今は、同じ志を目指すボランティア会員は320人を越えました。信仰があるなしにかかわらず、「主の祈り」「聖マリアの祈り」マザー・テレサの「主をお使いください」を祈り、人と人とを結び合わせる懸け橋となって患者さんに仕えるボランティアの様子は、主の計らい以外のなにものでもあり得えません。主の呼びかけを聴き、無我夢中で走り続けたこの20年間を振り返ってみると、病の方、寄り添えた幼子、今は亡き多くの方々から「生きる」こと、「足を洗う」こと、「平和」の学びでした。そしてなによりも、いつもいつも、「主が先に炭火をおこして待っておられた」としみじみ思うのです。主に感謝と賛美。
〈70代 主婦 ボランティア創立者〉
(出来事に聴く 133 2008/3/21)