いのちの深さ・広さ・高さを知る
 20世紀後半から21世紀にかけての「生命科学」の展開は凄まじいものがあります。クローン、ヒトゲノム、幹細胞、再生医療、遺伝子診断、遺伝子組み替え作物といった言葉が頻繁に聞かれ、世界的にも国内的にも科学技術・産業振興の中心的な位置を占めつつあります。
 しかし人間の生命lifeは、単なる生物学的な生命ではなく、経済的「豊かさ」を追求する「生活」であり、文化的・道徳的・倫理的な「善さ」を求める「人生」であり、また超越的・宗教的な「神秘」や「聖性」をあこがれる「いのち」です。遺伝子やゲノムの法則に服しながらも、ひとりひとりは自由意志をもった個性的な人格存在です。また個人でありながら、孤立しておらずに、真・善・美といった価値に開かれています。つまり生命は閉じた自己完結的なシステムでははなく、また単なる自己保存的なものではなく、無限へのあこがれそのものなのです。
 星野富弘さんは「いのちが一番大切だと思ったときに、生きるのがつらかった。いのちより大切なものがあると知ったら、生きているのがうれしかった」という不思議なことを言っています。もちろんこれは「いのち」を低くみることではないでしょう。むしろ、「いのち」が拠って立つところの深さの発見、「いのち」が向かっているところの広さ・高さを知った喜びを語っているのでしょう。
 聖書にも「あなたの慈しみはいのちにまさり」(詩編)という言葉があります。「いのち」を取り囲むようにしてある神の「慈しみ」に気づくとき、いのちは「賛美」となるのです。
田畑 邦治(白百合女子大学教員)
写真: 馬 裕国
(特集-いのち 7 2003/1/10)

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