20180225103730.jpg 2018/3/18  四旬節第5主日 

  第一朗読  エレミヤ書 31:31-34
 見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。この契約は、かつてわたしが彼らの先祖の手を取ってエジプトの地から導き出したときに結んだものではない。わたしが彼らの主人であったにもかかわらず、彼らはこの契約を破った、と主は言われる。しかし、来るべき日に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこれである、と主は言われる。すなわち、わたしの律法を彼らの胸の中に授け、彼らの心にそれを記す。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。そのとき、人々は隣人どうし、兄弟どうし、「主を知れ」と言って教えることはない。彼らはすべて、小さい者も大きい者もわたしを知るからである、と主は言われる。わたしは彼らの悪を赦し、再び彼らの罪に心を留めることはない。


第二朗読  ヘブライ人への手紙 5:7-9
 キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。そして、完全な者となられたので、御自分に従順であるすべての人々に対して、永遠の救いの源となり(ました。)

 

福音朗読  ヨハネによる福音書 12:20-33
 さて、祭りのとき礼拝するためにエルサレムに上って来た人々の中に、何人かのギリシア人がいた。彼らは、ガリラヤのベトサイダ出身のフィリポのもとへ来て、「お願いです。イエスにお目にかかりたいのです」と頼んだ。フィリポは行ってアンデレに話し、アンデレとフィリポは行って、イエスに話した。イエスはこうお答えになった。「人の子が栄光を受ける時が来た。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る。わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる。わたしに仕える者がいれば、父はその人を大切にしてくださる。今、わたしは心騒ぐ。何と言おうか。『父よ、わたしをこの時から救ってください』と言おうか。しかし、わたしはまさにこの時のために来たのだ。父よ、御名の栄光を現してください。」すると、天から声が聞こえた。「わたしは既に栄光を現した。再び栄光を現そう。」そばにいた群衆は、これを聞いて、「雷が鳴った」と言い、ほかの者たちは「天使がこの人に話しかけたのだ」と言った。イエスは答えて言われた。「この声が聞こえたのは、わたしのためではなく、あなたがたのためだ。今こそ、この世が裁かれる時。今、この世の支配者が追放される。わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。」イエスは、御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、こう言われたのである。




黙想のヒント

今日の三つの朗読箇所の核心をまとめるとすれば、それぞれ、順に、「新しい契約」・「従順」・「多くの実」となるでしょう。 

 「私が地上から挙げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう」(ヨハネ12・32)。イエス・キリストは十字架に挙げられることを明確に意識していました。しかし、十字架の上での死は、決して無駄な死ではなく、むしろ、すべての人を引き寄せるための死でした。つまり、実りをもたらす死に方です。

相手のしあわせを願って、相手にいのちを捧げるという積極的な意味をもつ死を、イエス・キリストは意図的に選び取りました。相手のしあわせを願うがゆえの、徹底的ないのちの捧げ方。その姿勢こそが、従順な生き方です。

神である御父が、あらゆる人のしあわせを願って、新しい契約を与えてくださるように、御子イエス・キリストもまた、あらゆる人のしあわせを願って生き抜きました。相手のしあわせを願って、徹底的に身を捧げる生き方こそが、従順な姿勢なのです。

新約聖書の原文を見ればわかるように、「従順」というギリシア語には「いっしょに進む」という意味があります。まさに、御子イエス・キリストは御父といっしょに進む姿勢を選びました。

イエス・キリストが、神による新しい契約を明確に意識して、同じ姿勢で歩んでくださったおかげで、多くの実が実りました。あらゆる人が十字架上のイエス・キリストの姿を心に刻みつけて、新たな生き方に目覚めたからです。私たちは、歴史上、数多くの殉教者や聖人たちが活躍してきたことを、教会の典礼暦をとおして毎年想い出しています。

 私たちも、今日、相手のしあわせを願って(新しい契約)、イエス・キリストといっしょに進み(従順)、多くの実りを生み出す、積極的な姿勢を心に留めておきたいものです。その姿勢を、最悪の状況のまっただなかで着実に貫きとおしたイエス・キリストの心意気を、教会の十字架像を見上げながら再確認しましょう。

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(日曜日のみことば 2018-03-18)
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