20180623164020.jpg 2018/7/9  年間第14月曜日 

  第一朗読  ホセア書 2:16、17b-18、21-22
(主は言われる。)

わたしは彼女をいざなって

荒れ野に導き、その心に語りかけよう。

そのところで、彼女はわたしにこたえる。

おとめであったとき

エジプトの地から上ってきた日のように。

その日が来ればと

主は言われる。

あなたはわたしを、「わが夫」と呼び

もはや、「わが主人(バアル)」とは呼ばない。
わたしは、あなたととこしえの契りを結ぶ。

わたしは、あなたと契りを結び

正義と公平を与え、慈しみ憐れむ。

わたしはあなたとまことの契りを結ぶ。

あなたは主を知るようになる。


福音朗読  マタイによる福音書 9:18-26
 (そのとき、イエスが)話しておられると、ある指導者がそばに来て、ひれ伏して言った。「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」そこで、イエスは立ち上がり、彼について行かれた。弟子たちも一緒だった。すると、そこへ十二年間も患って出血が続いている女が近寄って来て、後ろからイエスの服の房に触れた。「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思ったからである。イエスは振り向いて、彼女を見ながら言われた。「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った。」そのとき、彼女は治った。イエスは指導者の家に行き、笛を吹く者たちや騒いでいる群衆を御覧になって、言われた。「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」人々はイエスをあざ笑った。群衆を外に出すと、イエスは家の中に入り、少女の手をお取りになった。すると、少女は起き上がった。このうわさはその地方一帯に広まった。



祈りのヒント

イエスが「手を置く」、「この服に触れさえすれば」と思う女。

どちらも手を使った行為です。

しかし、ただイエスが触れる、女が触れるだけでは意味がないのでしょう。

そこに双方の思い、願い、希望、信頼が一致しなければ何も始まりません。

イエスが触れる、イエスに触れる、イエスとの直接的な触れ合い。

何かが起こると信じ切っている姿。

すべてはここからスタートです。信じる一日にしていきましょう。

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(毎日のみことば 2018-07-09)
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