ロザリオ

                            

 

rozario .jpg  ロザリオは十字架のついたネックレスのように見える。ただし本来は首に掛けるものではない。祈りの道具である。

 ロザリオは、その球の一つ一つを指で爪繰りながら「聖母マリアへの祈り」を、50回唱えながら、キリストの生涯を思い起こし繰り返す単純な祈りである。30分ほどかかる。私は7歳の時にロザリオを買ってもらいながら、長い間一人で唱えることはなかった。母に買ってもらったロザリオはピンクのガマ口に入って机の引き出しの隅に小さな罪悪感と一緒に座っていた。

 結婚し海外に転居、数年して、かの地で生まれた息子を連れて、日本に帰ってくると、長兄が父に勘当されていた。親戚中の大騒ぎであった。争いに巻き込まれたくないがために、しばらくは関わらないようにしていたが、5歳になった息子に「これ、誰?」と写真の長兄を指差された時には、心から「まずい」と思い、父と兄の仲を修復しようと決心した。父に電話を掛けたり、兄に電話を掛けたり、あっちに会い、こっちに会い、色々やってみたが互いの溝は深まるばかり。 最後の最後に、わらにもすがる思いで、恥を忍んでインターネットカトリックのサイトに書き込みをして、見知らぬ多くの人にロザリオをしてもらい、自分も祈りながら兄と父を含む親戚みんなを招いて、我が家で父と兄を会わせたところ、そこからチャックがしまるように二人の仲は修復されていった。

  「お祈りって聞かれてる」と確信した私は祈るようになった。満たされない思いがあるとき、虚ろな思いが心に膨らみ始める時、ロザリオを手に、整理しきれない感情をのせて、繰り返し「マリア様の祈り」を唱える。すると空の向こう側に、微笑みながら聞いてくれる神様を確信できる。そこを過ぎてしばらく祈り続けていると、体が広がって宇宙と同化していくような、幸せな気分に浸されていくのである。心配事は神様が預かってくださったのである。

 

 

あこやがい マニラ在住)