20170120141117.jpg 2017/2/5  年間第5主日 
               

  第一朗読  イザヤ書 58:7-10
(主は言われる。わたしの選ぶ断食とは、)

飢えた人にあなたのパンを裂き与え

さまよう貧しい人を家に招き入れ

裸の人に会えば衣を着せかけ

同胞に助けを惜しまないこと。

そうすれば、あなたの光は曙のように射し出で

あなたの傷は速やかにいやされる。

あなたの正義があなたを先導し

主の栄光があなたのしんがりを守る。

あなたが呼べば主は答え

あなたが叫べば

「わたしはここにいる」と言われる。

軛を負わすこと、指をさすこと

呪いの言葉をはくことを

あなたの中から取り去るなら

飢えている人に心を配り

苦しめられている人の願いを満たすなら

あなたの光は、闇の中に輝き出で

あなたを包む闇は、真昼のようになる。

第二朗読  一 コリントの信徒への手紙 2:1-5
 兄弟たち、わたし(は)そちらに行ったとき、神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした。なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。

福音朗読  マタイによる福音書 5:13-16
 (そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」


黙想のヒント

月は、ただ、太陽の光を受けて輝きを放っているだけなのに、

私たちは、夜空に輝いている満月を見ると、「ああ、素敵な満月だ」と感じるのではないでしょうか。


イエスは、「あなた方は地の塩である。……あなた方は世の光である。」と言われます。

イエスは、「あなた方は地の塩になりなさい。あなた方は世の光になりなさい」と言ってはいません。私たちは、おん父からすでに「地の塩」「世の光」という恵みをすでに頂いているのです。


「塩」は、古代ローマでは、兵士たちの給与(sal)として用いられていましたし、

味付け、殺菌、食物の保存や体の塩分を保つために貴重なものでした。


イエスは、「もし塩がその持ち味を失ったなら」と言われます。

「持ち味」は、ただの「味」ではなく、その本来の働きや性質という意味です。

私たちがおん父から頂いている「私の持ち味」を失ったとき、

イエスは、「人に踏みつけられるだけである」と言われているのではないでしょうか。


おん父は、私たち一人ひとりを「ご自分に似せて創られ」ています。

私たちは、すでにおん父から計り知れない無限の「愛」「持ち味」を

頂いているのではないでしょうか。


イエスは、「あなた方は世の光である」と言われます。

灯火は、ただ輝き周りを照らすだけです。

しかし、その光によって「家にいるすべての人々」を照らすことができます。

私たちは、「光」としてそこにいるだけでいいのです。


イエスは、私たち一人ひとりに「あなた方の光を人々の前に輝かしなさい。」と言われます。


私たちは、時々、「あの人が、側にいるだけで周りが明るくなる」とか、

一生懸命に何かに打ち込む人、心に喜びを感じている人に対して、

「あの人の顔は輝いて見える」とか耳にするのではないでしょうか。

そして、「私も頑張らなければ」と慰められたり、勇気を頂いたりすることでしょう。


私たちは、おん父からすでに頂いている「地の塩」「世の光」という恵みに気がつき、

それを生かすことができたらいいですね。

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(日曜日のみことば 2017-02-05)
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