20170212110338.JPG 2017/3/12  四旬節第2主日 

  第一朗読  創世記 12:1-4a
 (その日)主はアブラムに言われた。

「あなたは生まれ故郷

父の家を離れて

わたしが示す地に行きなさい。

わたしはあなたを大いなる国民にし

あなたを祝福し、あなたの名を高める

祝福の源となるように。

あなたを祝福する人をわたしは祝福し

あなたを呪う者をわたしは呪う。

地上の氏族はすべて

あなたによって祝福に入る。」

アブラムは、主の言葉に従って旅立った。

  第二朗読  二 テモテへの手紙  1:8b-10
 (愛する者よ、)神の力に支えられて、福音のためにわたしと共に苦しみを忍んでください。神がわたしたちを救い、聖なる招きによって呼び出してくださったのは、わたしたちの行いによるのではなく、御自身の計画と恵みによるのです。この恵みは、永遠の昔にキリスト・イエスにおいてわたしたちのために与えられ、今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。

福音朗読  マタイによる福音書 17:1-9
 (そのとき、)イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。見ると、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。ペトロが口をはさんでイエスに言った。「主よ、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。お望みでしたら、わたしがここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。弟子たちはこれを聞いてひれ伏し、非常に恐れた。イエスは近づき、彼らに手を触れて言われた。「起きなさい。恐れることはない。」彼らが顔を上げて見ると、イエスのほかにはだれもいなかった。

 一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられた。




黙想のヒント

今日の福音のマタイの話を読み進んでいくうちに

“輝き”と“光”という言葉が特に心に留まりました。


昔の子供のテレビ番組で仮面ライダーやウルトラマンに人が変身するとき

必ず何かを身に着け飛び上がり、光と輝きが放たれ変身していましたが

イエスの場合は、何かを身に着け何かをして姿が変わったわけではなく

ただそのままの姿で、

顔が太陽の様に輝き服が光の様に白くなったと

語られています。

そしてペトロが話をしているうちに、

光り輝く雲が彼らを覆い・・・

「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」

と聞こえてきたと。

それだけですが、これが神様のなさる業なのだと感じました。


私たちがすべきことは、この神様の声「私の愛する子」という声に

“聞く”ということ。神様がこの、そのままの私を肯定してくださっている

その見方で生きること、その見方を携えて生きること。

そこには、光と輝きが自然と出て自分を包み込み・・・

そう、そこには言い表しようのない安心感が、“あ・り・ま・す”。


しかし弟子たちの様に、私たちの心の中には恐れが何と沢山あることでしょう。

その様な、弱い私たちに、イエスは「起きなさい。恐れることはない。」と

言ってくださいます。

私たちの手に触れて。 とっても有難いです。

このイエスの深い慈しみに、心から、信頼して歩んでいけますように。

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(日曜日のみことば 2017-03-12)
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