20170311154622.jpg 2017/4/16  復活の主日(祭日) 復活の聖なる徹夜祭                 

第一朗読  創世記 1:1 、26~ 31a
 初めに、神は天地を創造された。

 神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」

 神は御自分にかたどって人を創造された。

 神にかたどって創造された。

 男と女に創造された。

 神は彼らを祝福して言われた。

 「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」

 神は言われた。

 「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」

 そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。



第二朗読 創世記   22:1-18

 (その日、)神はアブラハムを試された。神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」

 《次の朝早く、アブラハムはろばに鞍を置き、献げ物に用いる薪を割り、二人の若者と息子イサクを連れ、神の命じられた所に向かって行った。三日目になって、アブラハムが目を凝らすと、遠くにその場所が見えたので、アブラハムは若者に言った。「お前たちは、ろばと一緒にここで待っていなさい。わたしと息子はあそこへ行って、礼拝をして、また戻ってくる。」アブラハムは、焼き尽くす献げ物に用いる薪を取って、息子イサクに背負わせ、自分は火と刃物を手に持った。二人は一緒に歩いて行った。イサクは父アブラハムに、「わたしのお父さん」と呼びかけた。彼が、「ここにいる。わたしの子よ」と答えると、イサクは言った。「火と薪はここにありますが、焼き尽くす献げ物にする小羊はどこにいるのですか。」アブラハムは答えた。「わたしの子よ、焼き尽くす献げ物の小羊はきっと神が備えてくださる。」二人は一緒に歩いて行った。》

 神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、

  《息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。そしてアブラハムは、》

手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。

 そのとき、天から主の御使いが、「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、御使いは言った。

  「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」

 アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。

  《アブラハムはその場所をヤーウェ・イルエ(主は備えてくださる)と名付けた。そこで、人々は今日でも「主の山に、備えあり(イエラエ)」と言っている。》

 主の御使いは、再び天からアブラハムに呼びかけた。御使いは言った。

 「わたしは自らにかけて誓う、と主は言われる。あなたがこの事を行い、自分の独り子である息子すら惜しまなかったので、あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。あなたの子孫は敵の城門を勝ち取る。地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」



第三朗読 出エジプト記 14:15~15:1a

 (その日、追い迫るエジプト軍を見て、イスラエルの人々が非常に恐れたとき、) 主はモーセに言われた。「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい。杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。そうすれば、イスラエルの民は海の中の乾いた所を通ることができる。しかし、わたしはエジプト人の心をかたくなにするから、彼らはお前たちの後を追って来る。そのとき、わたしはファラオとその全軍、戦車と騎兵を破って栄光を現す。わたしがファラオとその戦車、騎兵を破って栄光を現すとき、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる。」

 イスラエルの部隊に先立って進んでいた神の御使いは、移動して彼らの後ろを行き、彼らの前にあった雲の柱も移動して後ろに立ち、エジプトの陣とイスラエルの陣との間に入った。真っ黒な雲が立ちこめ、光が闇夜を貫いた。両軍は、一晩中、互いに近づくことはなかった。モーセが手を海に向かって差し伸べると、主は夜もすがら激しい東風をもって海を押し返されたので、海は乾いた地に変わり、水は分かれた。イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった。エジプト軍は彼らを追い、ファラオの馬、戦車、騎兵がことごとく彼らに従って海の中に入って来た。朝の見張りのころ、主は火と雲の柱からエジプト軍を見下ろし、エジプト軍をかき乱された。戦車の車輪をはずし、進みにくくされた。エジプト人は言った。「イスラエルの前から退却しよう。主が彼らのためにエジプトと戦っておられる。」

 主はモーセに言われた。「海に向かって手を差し伸べなさい。水がエジプト軍の上に、戦車、騎兵の上に流れ返るであろう。」モーセが手を海に向かって差し伸べると、夜が明ける前に海は元の場所へ流れ返った。エジプト軍は水の流れに逆らって逃げたが、主は彼らを海の中に投げ込まれた。水は元に戻り、戦車と騎兵、彼らの後を追って海に入ったファラオの全軍を覆い、一人も残らなかった。イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んだが、そのとき、水は彼らの右と左に壁となった。主はこうして、その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた。イスラエルはエジプト人が海辺で死んでいるのを見た。イスラエルは、主がエジプト人に行われた大いなる御業を見た。民は主を畏れ、主とその僕モーセを信じた。モーセとイスラエルの民は主を賛美して歌をうたった。



第四朗読 イザヤの預言 54:5-14

(エルサレムよ、

あなたの造り主があなたの夫となられる。

その御名は万軍の主。

あなたを贖う方、イスラエルの聖なる神、全地の神と呼ばれる方。

捨てられて、苦悩する妻を呼ぶように、主はあなたを呼ばれる。

若いときの妻を見放せようかと、あなたの神は言われる。

わずかの間、わたしはあなたを捨てたが

深い憐れみをもってわたしはあなたを引き寄せる。

ひととき、激しく怒って顔をあなたから隠したが

とこしえの慈しみをもってあなたを憐れむと

  あなたを贖う主は言われる。

これは、わたしにとってノアの洪水に等しい。

再び地上にノアの洪水を起こすことはないと、

   あのとき誓い

今またわたしは誓う

再びあなたを怒り、責めることはない、と。

山が移り、丘が揺らぐこともあろう。

しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず

わたしの結ぶ平和の契約が揺らぐことはないと

   あなたを憐れむ主は言われる。


苦しめられ、嵐にもてあそばれ

慰める者もない都よ

見よ、わたしはアンチモンを使って

   あなたの石を積む。

サファイアであなたの基を固め

赤めのうであなたの塔を、エメラルドであなたの門を飾り

地境に沿って美しい石を連ねる。

あなたの子らは皆、主について教えを受け

あなたの子らには平和が豊かにある。

あなたは恵みの業によって堅く立てられる。

虐げる者から遠く離れよ、もはや恐れることはない。

壊する者から遠く離れよ

  もはやそれがあなたに近づくことはない。



第五朗読 イザヤの預言 55:1-11

(主は言われる。)

渇きを覚えている者は皆、

   水のところに来るがよい。

銀を持たない者も来るがよい。

穀物を求めて、食べよ。

来て、銀を払うことなく穀物を求め

価を払うことなく、ぶどう酒と乳を得よ。

なぜ、糧にならぬもののために銀を量って払い

飢えを満たさぬもののために労するのか。

わたしに聞き従えば、良いものを食べることができる。

あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう。

耳を傾けて聞き、わたしのもとに来るがよい。

聞き従って、魂に命を得よ。

わたしはあなたたちととこしえの契約を結ぶ。

ダビデに約束した真実の慈しみのゆえに。

見よ

かつてわたしは彼を立てて諸国民への証人とし

諸国民の指導者、統治者とした。

今、あなたは知らなかった国に呼びかける。

あなたを知らなかった国は

あなたのもとに馳せ参じるであろう。

あなたの神である主

あなたに輝きを与えられるイスラエルの聖なる神のゆえに。


主を尋ね求めよ、見いだしうるときに。

呼び求めよ、近くにいますうちに。

神に逆らう者はその道を離れ

悪を行う者はそのたくらみを捨てよ。

主に立ち帰るならば、主は憐れんでくださる。

わたしたちの神に立ち帰るならば豊かに赦してくださる。


わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり

わたしの道はあなたたちの道と異なると、主は言われる。

天が地を高く超えているように

わたしの道は、あなたたちの道を

わたしの思いは、

   あなたたちの思いを、高く超えている。

雨も雪も、ひとたび天から降れば

むなしく天に戻ることはない。

それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ

種蒔く人には種を与え、

食べる人には糧を与える。

そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も

   むなしくは、わたしのもとに戻らない。

それはわたしの望むことを成し遂げ

わたしが与えた使命を必ず果たす。



第六朗読 バルクの預言 バルク3:9-15、32~4:4

聞け、イスラエルよ、命をもたらす戒めを。

耳を傾けて、悟りを得よ。

イスラエルよ、なぜなのか。

なぜお前は敵の地におり、

異国の地で年を重ね、

死者と汚れを共にし、

陰府に下る者の中に数えられたのか。

お前は知恵の泉を見捨てた。

神の定めた道を歩んでいたなら、

永遠に平和のうちに暮らしていたであろう。

学べ、どこに悟りがあるかを。

またどこに力があり、どこに知識があるかを。

そして知れ、どこに長寿と命があり、

どこに目の輝きと平和があるかを。


いったいだれが

   知恵の在りかを見いだしただろうか。

だれがその宝庫に入っただろうか。

すべてを知る方だけが知恵を知り、

御自分の力でそれを悟り、見いだされたのだ。

その方はあらゆる時代に備えて全地を整え、

それを四足の獣で満たした。

その方が光を放つと、光は走り、

ひと声命ずると、光はおののいて従う。

星はおのおの持ち場で喜びにあふれて輝き、

その方が命ずると、「ここにいます」と答え、

喜々として、自分の造り主のために光を放つ。

この方こそわたしたちの神であり、

他に比ぶべきものはない。

この方は知識の道をすべて見いだし、

それを僕ヤコブと愛するイスラエルに与えた。

その後、知恵は地上に現れ、人々の中に住んだ。


知恵は神の命令の書、永遠に続く律法である。

これを保つ者は皆生き、これを捨てる者は死ぬ。

ヤコブよ、立ち帰ってこれをつかみ、

知恵の光に目を注ぎ、その輝きに向かって歩め。

あなたの栄光をほかの者に、

あなたの特権を異国の民に渡してはならない。

イスラエルよ、わたしたちは幸いだ。

神の御心に適うことを知っているのだから。


第七朗読 エゼキエルの預言 36:16-17a、18-28

 主の言葉がわたしに臨んだ。「人の子よ、イスラエルの家は自分の土地に住んでいたとき、それを自分の歩みと行いによって汚した。それゆえ、わたしは憤りを彼らの上に注いだ。彼らが地の上に血を流し、偶像によってそれを汚したからである。わたしは彼らを国々の中に散らし、諸国に追いやり、その歩みと行いに応じて裁いた。彼らはその行く先の国々に行って、わが聖なる名を汚した。事実、人々は彼らについて、『これは主の民だ、彼らは自分の土地から追われて来たのだ』と言った。そこでわたしは、イスラエルの家がその行った先の国々で汚したわが聖なる名を惜しんだ。

 それゆえ、イスラエルの家に言いなさい。主なる神はこう言われる。イスラエルの家よ、わたしはお前たちのためではなく、お前たちが行った先の国々で汚したわが聖なる名のために行う。わたしは、お前たちが国々で汚したため、彼らの間で汚されたわが大いなる名を聖なるものとする。わたしが彼らの目の前で、お前たちを通して聖なるものとされるとき、諸国民は、わたしが主であることを知るようになる、と主なる神は言われる。わたしはお前たちを国々の間から取り、すべての地から集め、お前たちの土地に導き入れる。

 わたしが清い水をお前たちの上に振りかけるとき、お前たちは清められる。わたしはお前たちを、すべての汚れとすべての偶像から清める。わたしはお前たちに新しい心を与え、お前たちの中に新しい霊を置く。わたしはお前たちの体から石の心を取り除き、肉の心を与える。また、わたしの霊をお前たちの中に置き、わたしの掟に従って歩ませ、わたしの裁きを守り行わせる。お前たちは、わたしが先祖に与えた地に住むようになる。お前たちはわたしの民となりわたしはお前たちの神となる。」



使徒書の朗読 ローマの信徒への手紙 6:3-11
 (皆さん、)あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。死んだ者は、罪から解放されています。わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。死は、もはやキリストを支配しません。キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、生きておられるのは、神に対して生きておられるのです。このように、あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。
  
  福音朗読  マタイによる福音書 28:1-10
 さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』 確かに、あなたがたに伝えました。」婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」




黙想のヒント

 主の復活の光に照らされて、新たに生き始めるひととき。

復活徹夜祭のミサ。光として、キリストは人びとの心の闇を照らします。

新たなる創造のとき、暗闇の状況からの解放のとき、あたたかい血のかよった生き方が

実現してゆくとき、懐かしい相手とともに立ち上がるとき。

幾重にも積み重なる呼びかけが、私たちの心に響きます。


 主を失った悲しみによって打ちひしがれていたマグダラのマリアたち。

そのマリアたちの前に復活のイエスが立ちはだかります。

「おはよう」と愛情をこめてあいさつしつつ、キリストは相手を安心させます。

「おはよう」という日常のあいさつ。

そのあいさつは、実は、「あなたがたが幸いであるように」という祝福の言葉です。

「あなたがたがよろこんでいられますように」という、

相手の行く末を深くおもう愛情に支えられた呼びかけです。

イエスは、常に相手のしあわせを願っていました。その態度は復活後も継続します。

相手に対する一貫した愛情のおもいの深まり。

復活のよろこびとは、相手の愛情のおもいに気づくことによって、

より一層奥深く洗練されてゆきます。


暗闇のなかで仕方なく生きていた私が、誰かから声をかけられて、

寄り添っていただけるときに、大いなる励ましを受け、新たな人生が花開いてゆきます。

それまでは灰色で、止まっていた、つらい時間が、

一瞬にして極彩色の世界へと転換してゆきます。

福音書に描かれているマグダラのマリアたちの経験した復活の主との出会いの出来事は、

先に声をかけて相手に関わるイエスの愛情深い姿勢を今日も想い出させてくれます。

そして、私たちも、誰かに対して声をかけて、親しく関わることで、

相手を活かすことが出来るという、人生の可能性を再確認させてくれるのも、

復活の主との出会いの出来事の場面なのでしょう。


 「おはよう」という日常のあいさつ。愛情をこめて普通の言葉を相手に投げかけてみることが、

復活のよろこびを今日生きることにつながる、という現実をかみしめつつも、

春の陽射しを浴びて

再び前に進んでゆくことのよろこび。



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(日曜日のみことば 2017-04-16)
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