20170522163929.jpg 2017/7/23  年間第16主日 

  第一朗読  知恵の書 12:13、16-19
 (主よ、)

すべてに心を配る神はあなた以外におられない。

だから、不正な裁きはしなかったと、証言なさる必要はない。 

あなたの力は正義の源、

あなたは万物を支配することによって、すべてをいとおしむ方となられる。

あなたの全き権能を信じない者に

あなたは御力を示され、

知りつつ挑む者の高慢をとがめられる。

力を駆使されるあなたは、寛容をもって裁き、

大いなる慈悲をもってわたしたちを治められる。

力を用いるのはいつでもお望みのまま。


神に従う人は人間への愛を持つべきことを、

あなたはこれらの業を通して御民に教えられた。

こうして御民に希望を抱かせ、

罪からの回心をお与えになった。

第二朗読  ローマの信徒への手紙 8:26-27
 (皆さん、”霊”は)弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。

福音朗読  マタイによる福音書 13:24-43△13:24-30
 (そのとき、)イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」

 《イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 イエスはこれらのことをみな、たとえを用いて群衆に語られ、たとえを用いないでは何も語られなかった。それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

 「わたしは口を開いてたとえを用い、

 天地創造の時から隠されていたことを告げる。」

 それから、イエスは群衆を後に残して家にお入りになった。すると、弟子たちがそばに寄って来て、「畑の毒麦のたとえを説明してください」と言った。イエスはお答えになった。「良い種を蒔く者は人の子、畑は世界、良い種は御国の子ら、毒麦は悪い者の子らである。毒麦を蒔いた敵は悪魔、刈り入れは世の終わりのことで、刈り入れる者は天使たちである。だから、毒麦が集められて火で焼かれるように、世の終わりにもそうなるのだ。人の子は天使たちを遣わし、つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませるのである。彼らは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。そのとき、正しい人々はその父の国で太陽のように輝く。耳のある者は聞きなさい。」》




黙想のヒント

 ゴマよりずっと小さくはかないからし種のように、あるいは、パン種のように、「天の国」は人の目には見えないようなごく小さなところから、でも確実に始まって大きな全体を変えていくものだと、イエスのたとえは教えてくれます。


 今日の私のほんの小さな決断や行動が、この世に対してとても大きな影響力を持っています。たったひとつの私の微笑みが、たった一言の「ありがとう」が、仕事でのひと頑張りが、誰かのために捧げたアヴェ・マリアが、巡り巡って世界を大きく変えるかもしれないのです。神の愛が支配する「天の国」は、いつも、今、ここから広がり続けます。


 一方で、「天の国」が完成するこの世の終わりまで、神から来る愛とは異なる「毒麦」も、共にこの世で広がっていくようです。イエスのたとえでは、主人が毒麦をすぐに退治しない理由は、「麦まで一緒に抜くかもしれない」からだと説明されています。限りある人間には、事の善悪を完全に判断することは出来ないのでしょう。「主が来られるまでは、先走って何も裁いてはいけません」というパウロの言葉が思い出されます(コリントの信徒への手紙一4:5)。


 今日の私たちに求められるのは、世界にはびこる悪に気を落とさず、希望をもって、神の国のための小さな行いを重ねていくことなのだと思います。


主よ、私たちが今日あなたに捧げる小さな愛の行いを受け入れて、神の国の完成に役立つものとしてください。同時に、人の弱さから犯される罪を赦し、その悪しき結果からさえも、良い実りを引き出して下さい。あなたを信じる者が希望を失うことなく、頂いた信仰を世の終わりまで生き抜くことが出来ますように。

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(日曜日のみことば 2017-07-23)
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