20170730112925.jpg 2017/9/10  年間第23主日 

  第一朗読  エゼキエル書 33:7-9
 (主の言葉がわたしに臨んだ。)「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたが、わたしの口から言葉を聞いたなら、わたしの警告を彼らに伝えねばならない。わたしが悪人に向かって、『悪人よ、お前は必ず死なねばならない』と言うとき、あなたが悪人に警告し、彼がその道から離れるように語らないなら、悪人は自分の罪のゆえに死んでも、血の責任をわたしはお前の手に求める。しかし、もしあなたが悪人に対してその道から立ち帰るよう警告したのに、彼がその道から立ち帰らなかったのなら、彼は自分の罪のゆえに死に、あなたは自分の命を救う。」


第二朗読  ローマの信徒への手紙 13:8-10
 (皆さん、)互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」、そのほかどんな掟があっても、「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉に要約されます。愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。


福音朗読  マタイによる福音書 18:15-20
 (そのとき、イエスは弟子たちに言われた。) 「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。

 はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」




黙想のヒント

今日の福音で、「兄弟があなたに対して罪を犯したなら・・・」とイエスは話始めておられます。

“他の人が・・・”と言わずに、“兄弟が・・・”と話しておられます。

それで、「罪を犯したなら、こうしなさい、ああしなさい」とアドバイスをし言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる、とおっしゃいます。


イエスは、神様のことを父と呼び、他の人のことを兄弟と呼ばれる・・・とても単純で同時にとても深い現実です。弟子たちへの忠告でありアドバイスをしながらイエスはこの単純で深い現実を、弟子たちに私たちに悟らせようとされています。


「はっきり言っておく。」明らかに、間違いなく!

「地上でつなぐことは天上でもつながれ、地上で解くことは天上でも解かれる。」

私たちが、人と心と心をつなぎ、引っ掛かりを解いていく

そのような思い・祈り・行いは天国へとつながり、まさにそこに天国がある・・そうイエスがおっしゃっておられるように感じます。


私たちの生きている地上と天上の神の国とは、かけ離れたものではなく私たちが生きているこの地上で、私たちがどのように生き、祈り、行っていくかによって、神の国が見えたり見えなくなったりする・・・あなたの兄弟であるあの人この人と共に、心を合わせて生きていく時に「あなた方の中に私は共にいる」と語りかけるイエスからの喜びのメッセージが届くのです。

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(日曜日のみことば 2017-09-10)
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