20170923160613.jpg 2017/10/22  年間第29主日 

  第一朗読  イザヤ書 45:1、4-6
主が油を注がれた人キュロスについて主はこう言われる。

わたしは彼の右の手を固く取り

国々を彼に従わせ、王たちの武装を解かせる。

扉は彼の前に開かれどの城門も閉ざされることはない。

わたしの僕ヤコブのために

わたしの選んだイスラエルのために

わたしはあなたの名を呼び、称号を与えたが

あなたは知らなかった。

わたしが主、ほかにはいない。わたしをおいて神はない。

わたしはあなたに力を与えたがあなたは知らなかった。

日の昇るところから日の沈むところまで人々は知るようになる

わたしのほかは、むなしいものだ、と。

わたしが主、ほかにはいない。


第二朗読  一 テサロニケの信徒への手紙  1:1-5b

 パウロ、シルワノ、テモテから、父である神と主イエス・キリストとに結ばれているテサロニケの教会へ。恵みと平和が、あなたがたにあるように。

 わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています。あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また、わたしたちの主イエス・キリストに対する、希望を持って忍耐していることを、わたしたちは絶えず父である神の御前で心に留めているのです。神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています。わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです。

 

福音朗読  マタイによる福音書 22:15-21
 (そのとき、)ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、罠にかけようかと相談した。そして、その弟子たちをヘロデ派の人々と一緒にイエスのところに遣わして尋ねさせた。「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てなさらないからです。ところで、どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。」イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。「偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい。」彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と言われた。彼らは、「皇帝のものです」と言った。すると、イエスは言われた。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」




黙想のヒント

  この話から四つの討論の物語が続く。イエスの地上での生活が終わりに近づいた頃、エルサレムでの出会いである。ファリサイ派の人々がヘロデ派の人々と組んで、税金についてイエスに問いただし、イエスを罠にかけようとする。ヘロデ派はヘロデ王家を支持するグループで、ローマ帝国の支配を認めている。ファリサイ派は本来、ローマの支配に反対しているが、現実的に妥協し、税金を納めることを認めている“建前”と“本音”という生き方を本当の自分たちの宗教心から切り放すことが出来ない!


 イエスヘの質問「皇帝に税金を納めるのはモーセの律法に適っているか」。この質間は罠である。イエスの時代、デナリオン銀貨には、ローマ皇帝ティベリウスの像が刻まれていて、『神聖なるアウグストゥスの息子、大祭司』と書いてあった。それは明らかにモーセの律法に反している。


 イエスは彼らの悪意に気づいて答え、理屈の問題を現実の生活に移す。彼らに「税金に納めるお金を見せなさい」という。彼らはすぐローマの銀貨をポケットから取り出してみせる。これは彼らが毎日の生活でローマのお金を使っていることを示しており、彼らの質問の“偽善”を自らが明らかにしている。


 イエスは、「これは、だれの肖像と銘か」と問い、ローマ皇帝のものであるのを確認させてから、『では皇帝のものは皇帝に』と答える。しかし、雨宮師が書いているように、「イエスの答えはそれでは終わらない。『神のものは神に』とつけ加えている。」*1 イエスは実際に、皇帝に税金を納めることを認めながらも、人間は生活のすべてにおいて神の前で忠実に生きるように訴えている。人間にとって、神は皇帝をはるかに超えている存在であるから、神を神として認め、神にすべてを返す生き方ヘと私たちを呼ばれている。それこそ信仰生活のチャレンジである。


※1   雨宮 慧 (1989) 『主日の福音(A年)』オリエンス宗教研究所 

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(日曜日のみことば 2017-10-22)
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