20171011175859.jpg 2017/11/5  年間第31主日 

  第一朗読  マラキ書 1:14b-2:2b、8-10
 わたしは大いなる王で、わたしの名は諸国の間で畏れられている、と万軍の主は言われる。

 祭司たちよ、今あなたたちにこの命令が下される。もし、あなたたちがこれを聞かず、心に留めず、わたしの名に栄光を帰さないなら、と万軍の主は言われる。わたしはあなたたちに呪いを送り、祝福を呪いに変える。
 

 あなたたちは道を踏みはずし

 教えによって多くの人をつまずかせ

 レビとの契約を破棄してしまったと

 万軍の主は言われる。

 わたしも、あなたたちを

 民のすべてに軽んじられる価値なき者とした。

 あなたたちがわたしの道を守らず

 人を偏り見つつ教えたからだ。

 我々は皆、唯一の父を持っているではないか。

 我々を創造されたのは唯一の神ではないか。

 なぜ、兄弟が互いに裏切り

 我々の先祖の契約を汚すのか。


第二朗読  テサロニケの信徒への手紙 一 2:7b-9、13
 (皆さん、わたしたちは、)あなたがたの間で幼子のようになりました。ちょうど母親がその子供を大事に育てるように、わたしたちはあなたがたをいとおしく思っていたので、神の福音を伝えるばかりでなく、自分の命さえ喜んで与えたいと願ったほどです。あなたがたはわたしたちにとって愛する者となったからです。兄弟たち、わたしたちの労苦と骨折りを覚えているでしょう。わたしたちは、だれにも負担をかけまいとして、夜も昼も働きながら、神の福音をあなたがたに宣べ伝えたのでした。
 このようなわけで、わたしたちは絶えず神に感謝しています。なぜなら、わたしたちから神の言葉を聞いたとき、あなたがたは、それを人の言葉としてではなく、神の言葉として受け入れたからです。事実、それは神の言葉であり、また、信じているあなたがたの中に現に働いているものです。


福音朗読  マタイによる福音書 23:1-12
 (そのとき、)イエスは群衆と弟子たちにお話しになった。「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、見倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本貸そうともしない。そのすることは、すべて人に見せるためである。聖句の入った小箱を大きくしたり、衣服の房を長くしたりする。宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む。だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ。『教師』と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師はキリスト一人だけである。あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。




黙想のヒント


ある神父様が叙階を受けてすぐに「もし、私が『神父病』になったら教えてくださいね」とお願いされたことがあります。


司祭は、叙階するまで「神学生」ですが、叙階の後は周りから「神父様」と呼ばれます。この『様』が付いてしまうと、自分が急に偉くなったような錯覚に陥ってしまうという危険性があるようです。


みことばでイエスは、「律法学者やファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らの言うことはすべて実行し、守りなさい。しかし、彼らの行いを見ならってはならない。」と弟子たちに話されます。彼らの教えは、モーセが神から伝えられた律法です。この教えは、守らなければならないのです。


しかし、彼らが行なっていることは、真逆でした。彼らは、「律法学者やファリサイ派」という【職位】と【私】を混同していたのです。イエスは、彼らへの言葉として「……広場で挨拶されること、また人々から『先生』と呼ばれるのを喜ぶ」と言われています。


イエスは、弟子たちに「あなた方は『先生』と呼ばれてはならない。あなた方の先生はただひとりで、あなた方はみな兄弟だからである。」と言われます。兄弟は、互いに、喜び、苦労し、全てにおいて分かち合うことができます。


ただ、私たちは、弱いものですので、ついつい「偉くなりたい。皆のリーダーとなりたい。目立ちたい。よく思われたい」と言う気持ちが芽生えていきます。


イエスは、そんな私たちへ「あなた方の中でいちばん偉いものは、みなに仕える者になりなさい。自ら高ぶる者は下げられ、自らへりくだる者は上げられる」と言われます。


私たちは、イエスこそが、「教師」「先生」だと言うことを知っています。


イエスの弟子として「教師」「先生」が歩まれた「謙遜」「柔和」を学びながら信仰生活を歩むことができたらいいですね。


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(日曜日のみことば 2017-11-05)
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