20170317113214.jpg 2017/4/11  受難の火曜日 
                
  第一朗読  イザヤ書 49:1-6
島々よ、わたしに聞け

遠い国々よ、耳を傾けよ。

主は母の胎にあるわたしを呼び

母の腹にあるわたしの名を呼ばれた。

わたしの口を鋭い剣として御手の陰に置き

わたしを尖らせた矢として矢筒の中に隠して

わたしに言われた

あなたはわたしの僕、イスラエル

あなたによってわたしの輝きは現れる、と。

わたしは思った

わたしはいたずらに骨折り

うつろに、空しく、力を使い果たした、と。

しかし、わたしを裁いてくださるのは主であり

働きに報いてくださるのもわたしの神である。

主の御目にわたしは重んじられている。

わたしの神こそ、わたしの力。

今や、主は言われる。

ヤコブを御もとに立ち帰らせ

イスラエルを集めるために

母の胎にあったわたしを

御自分の僕として形づくられた主は

こう言われる。

わたしはあなたを僕として

ヤコブの諸部族を立ち上がらせ

イスラエルの残りの者を連れ帰らせる。

だがそれにもまして

わたしはあなたを国々の光とし

わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。

  福音朗読  ヨハネによる福音書 13:21-33、36-38
 (そのとき、イエスは弟子たちとともに食事の席についておられたが、)心を騒がせ、断言された。「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」弟子たちは、だれについて言っておられるのか察しかねて、顔を見合わせた。イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。座に着いていた者はだれも、なぜユダにこう言われたのか分からなかった。ある者は、ユダが金入れを預かっていたので、「祭りに必要な物を買いなさい」とか、貧しい人に何か施すようにと、イエスが言われたのだと思っていた。ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。

  さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる。子たちよ、いましばらく、わたしはあなたがたと共にいる。あなたがたはわたしを捜すだろう。『わたしが行く所にあなたたちは来ることができない』とユダヤ人たちに言ったように、今、あなたがたにも同じことを言っておく。
  シモン・ペトロがイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのですか。」イエスが答えられた。「わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる。」ペトロは言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」イエスは答えられた。「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」



祈りのヒント

イエスが差し出したパン切れを受け取っても、

イエスの愛は受け取ることができず、

自ら、絆を断ち切って、(光のない)夜の世界に出ていくユダ。

「あなたのためなら命を捨てます」と立派なことを言っても、

不利益を被るその場になれば、イエスへの愛を保てないペテロ。

どちらもイエスとの交わりから離れてしまう、わたしたちの姿だ。

 

悪は、他人の目から自分を隠し、弱さは、自分の目から、自分を隠す。

闇はイエスを隠し、自分の本当の姿を隠し、闇のなかで愛の真実は見失われていく。

自分の力で、闇を抜け出すことはできず、

イエスを離れて、人の力がいかに無力か! 打ちのめされる。

 

しかし、わたしたちの闇のなかには、神の栄光の力が働いている!

愛の真実に目覚める夜明けが、必ず与えられている。

 

不信のときこそ祈る時!

主よ! 闇のなかで希望を捨てず、

夜明けを待つことができる信仰へ成長できますように!

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(毎日のみことば 2017-04-11)
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