20170317114551.jpg 2017/4/12  受難の水曜日  

  第一朗読  イザヤ書 50:4-9a
主なる神は、弟子としての舌をわたしに与え

疲れた人を励ますように

言葉を呼び覚ましてくださる。

朝ごとにわたしの耳を呼び覚まし

弟子として聞き従うようにしてくださる。

主なる神はわたしの耳を開かれた。

わたしは逆らわず、退かなかった。

打とうとする者には背中をまかせ

ひげを抜こうとする者には頬をまかせた。

顔を隠さずに、嘲りと唾を受けた。

主なる神が助けてくださるから

わたしはそれを嘲りとは思わない。

わたしは顔を硬い石のようにする。

わたしは知っている

わたしが辱められることはない、と。

わたしの正しさを認める方は近くいます。

誰がわたしと共に争ってくれるのか

   われわれは共に立とう。

誰がわたしを訴えるのか

   わたしに向かって来るがよい。

見よ、主なる神が助けてくださる。

誰がわたしを罪に定めえよう。

  福音朗読  マタイによる福音書 26:14-25
 そのとき、十二人の一人で、イスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところへ行き、「あの男をあなたたちに引き渡せば、幾らくれますか」と言った。そこで、彼らは銀貨三十枚を支払うことにした。そのときから、ユダはイエスを引き渡そうと、良い機会をねらっていた。

 除酵祭の第一日に、弟子たちがイエスのところに来て、「どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか」と言った。イエスは言われた。「都のあの人のところに行ってこう言いなさい。『先生が、「わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする」と言っています。』」弟子たちは、イエスに命じられたとおりにして、過越の食事を準備した。夕方になると、イエスは十二人と一緒に食事の席に着かれた。一同が食事をしているとき、イエスは言われた。「はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」弟子たちは非常に心を痛めて、「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた。イエスはお答えになった。「わたしと一緒に手で鉢に食べ物を浸した者が、わたしを裏切る。人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった。」イエスを裏切ろうとしていたユダが口をはさんで、「先生、まさかわたしのことでは」と言うと、イエスは言われた。

「それはあなたの言ったことだ。」



祈りのヒント



イエスを「あの男」、「先生」、と言い、もう「主!」とは呼ばないユダ。


「主!」の他に、違う救いを求めはじめるとき、

悪の誘惑は、どんな小さいエゴをもその手に閉じ込め、

心を闇に塗り替えていくのかもしれない。


ユダの行く先にある、「生まれなかったほうがよかった」と言われるほどの不幸とは、

(神の)愛のない闇が永遠に続く不幸だろうか?


「主!」がいれば、ユダにも戻る道があっただろう。

わたしたちには、愚かさがあり、弱さがあり、それを認めようとしない傲慢さがあるが、

「主!」とわたしの関係だけは、自分で断ち切ってはいけない!


「まさか、わたしのことでは?」 自分の心を見つめ直し、

どんなわたしであっても、

イエスを「主!」と呼べる計り知れない恵みの大きさに、留まってみたい!



g-hint.gif
(毎日のみことば 2017-04-12)
http://seseragi-sc.jp/xe/files/cache/thumbnails/641/346/100x75.crop.jpg