20171203145651.jpg 2018/1/6  降誕節土曜日 (主の公現前)

  第一朗読  一  ヨハネの手紙  5:5-13
 (愛する皆さん、)だれが世に打ち勝つか。イエスが神の子であると信じる者ではありませんか。 この方は、水と血を通って来られた方、イエス・キリストです。水だけではなく、水と血とによって来られたのです。そして、“霊”はこのことを証しする方です。“霊”は真理だからです。証しするのは三者で、“霊”と水と血です。この三者は一致しています。わたしたちが人の証しを受け入れるのであれば、神の証しは更にまさっています。神が御子についてなさった証し、これが神の証しだからです。神の子を信じる人は、自分の内にこの証しがあり、神を信じない人は、神が御子についてなさった証しを信じていないため、神を偽り者にしてしまっています。その証しとは、神が永遠の命をわたしたちに与えられたこと、そして、この命が御子の内にあるということです。御子と結ばれている人にはこの命があり、神の子と結ばれていない人にはこの命がありません。

 神の子の名を信じているあなたがたに、これらのことを書き送るのは、永遠の命を得ていることを悟らせたいからです。


福音朗読  マルコによる福音書 1:7-11  (または、ルカ 3:23、31~34、36、38)
(そのとき、ヨハネ)はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

 そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。



祈りのヒント

イエスが神のもとから世に来られた救い主であると、

洗礼者ヨハネは知りました。

イエスのごく人間的な顔や物腰には、

想像もできなかったはずの神の栄光。

それがすべての民の救い主として彼に映ったのは、

彼がヨルダン川でイエスに洗礼を授けたときでした。

やがて明らかになるイエスのいつくしみのわざの数々。

その始まりは、神が聖霊を注いで明らかにした愛でした。

わたしたちにも言えることです。

「艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。

これらすべてのことにおいて、わたしたちは、

わたしたちを愛してくださる方によって

輝かしい勝利を収めています。」

 (ロマ8:35-39参照)

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(毎日のみことば 2018-01-06)
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