20180216152322.jpg 2018/3/3  四旬節第2土曜日 

  第一朗読  ミカ書 7:14-15、18-20
 (主よ、)あなたの杖をもって

御自分の民を牧してください

あなたの嗣業である羊の群れを。

彼らが豊かな牧場の森にただひとり守られて住み

遠い昔のように、バシャンとギレアドで草をはむことができるように。お前がエジプトの地を出たときのように

彼らに驚くべき業をわたしは示す。
あなたのような神がほかにあろうか

咎を除き、罪を赦される神が。

神は御自分の嗣業の民の残りの者に

いつまでも怒りを保たれることはない

神は慈しみを喜ばれるゆえに。

主は再び我らを憐れみ

我らの咎を抑え

すべての罪を海の深みに投げ込まれる。

どうか、ヤコブにまことを

アブラハムに慈しみを示してください

その昔、我らの父祖にお誓いになったように。


福音朗読  ルカによる福音書 15:1-3、11-32
 (そのとき、)徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている」と不平を言いだした。そこで、イエスは次のたとえを話された。
 「ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。』しかし、父親は僕たちに言った。『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。』そして、祝宴を始めた。ところで、兄の方は畑にいたが、家の近くに来ると、音楽や踊りのざわめきが聞こえてきた。そこで、僕の一人を呼んで、これはいったい何事かと尋ねた。僕は言った。『弟さんが帰って来られました。無事な姿で迎えたというので、お父上が肥えた子牛を屠られたのです。』兄は怒って家に入ろうとはせず、父親が出て来てなだめた。しかし、兄は父親に言った。『このとおり、わたしは何年もお父さんに仕えています。言いつけに背いたことは一度もありません。それなのに、わたしが友達と宴会をするために、子山羊一匹すらくれなかったではありませんか。ところが、あなたのあの息子が、娼婦どもと一緒にあなたの身上を食いつぶして帰って来ると、肥えた子牛を屠っておやりになる。』すると、父親は言った。『子よ、お前はいつもわたしと一緒にいる。わたしのものは全部お前のものだ。だが、お前のあの弟は死んでいたのに生き返った。いなくなっていたのに見つかったのだ。祝宴を開いて楽しみ喜ぶのは当たり前ではないか。』」



祈りのヒント

 目に見える形で可視化することは、私たちの意識を目覚めさす。

神からいただいている大小の恵みをノートに書き出してみよう。

神からわたしへの財産目録である。

「下の息子」は「財産を無駄遣いしてしまった。」

わたしこそ、「下の息子」ではないのだろうか。

神に赦しを願い、溢れる恵みを深く意識できますように。

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(毎日のみことば 2018-03-03)
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