20180511114044.JPG 2018/6/2  年間第8土曜日 

  第一朗読  ユダの手紙 17、20b-25
 愛する人たち、わたしたちの主イエス・キリストの使徒たちが前もって語った言葉を思い出しなさい。最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい。神の愛によって自分を守り、永遠の命へ導いてくださる、わたしたちの主イエス・キリストの憐れみを待ち望みなさい。疑いを抱いている人たちを憐れみなさい。ほかの人たちを火の中から引き出して助けなさい。また、ほかの人たちを用心しながら憐れみなさい。肉によって汚れてしまった彼らの下着さえも忌み嫌いなさい。

 あなたがたを罪に陥らないように守り、また、喜びにあふれて非のうちどころのない者として、栄光に輝く御前に立たせることができる方、わたしたちの救い主である唯一の神に、わたしたちの主イエス・キリストを通して、栄光、威厳、力、権威が永遠の昔から、今も、永遠にいつまでもありますように、アーメン。


福音朗読  マルコによる福音書 11:27-33
 (そのとき、イエスと弟子たちは)」またエルサレムに来た。イエスが神殿の境内を歩いておられると、祭司長、律法学者、長老たちがやって来て、言った。「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか。」イエスは言われた。「では、一つ尋ねるから、それに答えなさい。そうしたら、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか。答えなさい。」彼らは論じ合った。「『天からのものだ』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったのか』と言うだろう。しかし、『人からのものだ』と言えば……。」彼らは群衆が怖かった。皆が、ヨハネは本当に預言者だと思っていたからである。そこで、彼らはイエスに、「分からない」と答えた。すると、イエスは言われた。「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい。」



祈りのヒント

自分の思いではなく、主の促しを感じて、何か新しいことをする時、

行き詰ってしまう事があります

自分を支えてくれると思った人に「どうして始めたのか」と

問われることもあり

自分も、「どうして?」と悩むことがあるのです

それは、人間である私たちの識別の未熟さ

権威あるイエスのように「天からのもの」とは言い切れません

恥や、苦しみさえも主の恵み

「私がお前をあがなう」と主は言われます。

私たちは信頼して、その苦しみを、心静かに受け入れたいと思います。

聖テレーズの「空の手」のように

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(毎日のみことば 2018-06-02)
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