20180623164209.jpg 2018/7/14  年間第14土曜日 

  第一朗読  イザヤ書 6:1-8
 ウジヤ王が死んだ年のことである。

 わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。彼らは互いに呼び交わし、唱えた。

 「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。

 主の栄光は、地をすべて覆う。」

 この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。わたしは言った。

 「災いだ。わたしは滅ぼされる。

 わたしは汚れた唇の者。

 汚れた唇の民の中に住む者。

 しかも、わたしの目は王なる万軍の主を仰ぎ見た。」

 するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。彼はわたしの口に火を触れさせて言った。

 「見よ、これがあなたの唇に触れたので

 あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」

 そのとき、わたしは主の御声を聞いた。

 「誰を遣わすべきか。

 誰が我々に代わって行くだろうか。」

 わたしは言った。

 「わたしがここにおります。

 わたしを遣わしてください。」


福音朗読  マタイによる福音書 10:24-33
 (そのとき、イエスは使徒たちに言われた。)「弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。

 人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい。体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。

  だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」



祈りのヒント

「恐れるな」と言われる。その言葉を信じよう。

しかし、今日の箇所を読むと、恐れざるを得ない気持ちにもなる。

それは「天の父の前でその人を知らないと言」われることである。

わたしたちを創造されたそのお方に、

わたしを知らない、と拒否されてしまったら、

わたしの存在の意味がどこにあるだろう。

神様からそっぽを向かれたら・・・との思いが沸き上がる。

そうならないため(知らないといわれないため)に

どのように生きていったらよいだろうか。

神様からのしるしを読み取っていく力を養うこと、

イエスの生き方に倣うこと、イエスの思いに一致すること。

文字にすると簡単に書けてしまうが、実践はそう簡単ではない。

だから自分の力を過信するのではなく、

一瞬一瞬神様に自分をゆだね、

必要な力と恵みを願おう。

g-hint.gif
(毎日のみことば 2018-07-14)
http://seseragi-sc.jp/xe/files/cache/thumbnails/971/381/100x75.crop.jpg