20180714150047.jpg 2018/8/18  年間第19土曜日 

  第一朗読  エゼキエル書 18:1-10、13b、30-32
 主の言葉がわたしに臨んだ。「お前たちがイスラエルの地で、このことわざを繰り返し口にしているのはどういうことか。

 『先祖が酢いぶどうを食べれば

 子孫の歯が浮く』と。

わたしは生きている、と主なる神は言われる。お前たちはイスラエルにおいて、このことわざを二度と口にすることはない。すべての命はわたしのものである。父の命も子の命も、同様にわたしのものである。罪を犯した者、その人が死ぬ。

 もし、ある人が正しく、正義と恵みの業を行うなら、すなわち、山の上で偶像の供え物を食べず、イスラエルの家の偶像を仰ぎ見ず、隣人の妻を犯さず、生理中の女性に近づかず、人を抑圧せず、負債者の質物を返し、力ずくで奪わず、飢えた者に自分のパンを与え、裸の者に衣服を着せ、利息を天引きして金を貸さず、高利を取らず、不正から手を引き、人と人との間を真実に裁き、わたしの掟に従って歩み、わたしの裁きを忠実に守るなら、彼こそ正しい人で、彼は必ず生きる、と主なる神は言われる。

 彼に生まれた息子が乱暴者で、これらの事の一つでも行う人の血を流(すならば、)彼は生きることができようか。彼は生きることはできない。彼はこれらの忌まわしいことをしたのだから、必ず死ぬ。その死の責任は彼にある。
 それゆえ、イスラエルの家よ。わたしはお前たちひとりひとりをその道に従って裁く、と主なる神は言われる。悔い改めて、お前たちのすべての背きから立ち帰れ。罪がお前たちをつまずかせないようにせよ。お前たちが犯したあらゆる背きを投げ捨てて、新しい心と新しい霊を造り出せ。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか。わたしはだれの死をも喜ばない。お前たちは立ち帰って、生きよ」と主なる神は言われる。


福音朗読  マタイによる福音書 19:13-15
 そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子供たちを連れて来た。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスは言われた。「子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである。」そして、子供たちに手を置いてから、そこを立ち去られた。



祈りのヒント

イエスのみ手のなかで、わたしたちは本当の自分に出会う。

代替できないわたしの大切さを知り、

神に与えられている命そのものの尊さに気づく。

存在自体が、恵みなのだ! 

 

その恵みを素直に受け入れ、

子供のように、親(神)に頼って、

屈託のない明るさと、自由さをもって、喜んで生きよう!

 

神に愛される子供として、

(無条件、例外なし)全ての人がイエスに招かれている。

イエスに手を置いてもらえることは、

わたしたちの救いだ!

 

「子供たちを来させなさい」

イエスを飛び越えてする、大人としての判断が、

知らずに、救いの妨げになっていないか?

振り返る必要がありそうだ。

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(毎日のみことば 2018-08-18)
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