1月23日 年間第2土曜日

第一朗読 ヘブライ人への手紙 9 : 2-3,11-14
(皆さん、)第一の幕屋が設けられ、その中には燭台、机、そして供え物のパンが置かれていました。この幕屋が聖所と呼ばれるものです。また、第二の垂れ幕の後ろには、至聖所と呼ばれる幕屋がありました。
けれども、キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、雄山羊と若い雄牛の血によらないで、御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。なぜなら、もし、雄山羊と雄牛の血、また雌牛の灰が、汚れた者たちに振りかけられて、彼らを聖なる者とし、その身を清めるならば、まして、永遠の“霊”によって、御自身をきずのないものとして神に献げられたキリストの血は、わたしたちの良心を死んだ業から清めて、生ける神を礼拝するようにさせないでしょうか。

福音朗読  マルコによる福音書 3:20-21
(そのとき、)イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。

祈りのヒント
誰もが自分の物差しを持っているでしょう。自分の知識や経験によって作られ、それによって物事を判断します。しかし、真の物差しは真理に基づいていることが大切です。「わたしは知っている」という思いは傲慢につながり、裁きや誤った判断をもたらします。「イエス」という愛の物差しをいただき、その愛を生き、人々に伝えることができるよう願いましょう。
(毎日のみことば 2021-01-23 )

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