10月12日 年間第27土曜日

第一朗読  ヨエル書 4:12-21
(主は言われる。)諸国の民が奮い立ち、ヨシャファトの谷に上って来ると、わたしはそこに座を設け周囲のすべての民を裁く。
鎌を入れよ、刈り入れの時は熟した。来て踏みつぶせ酒ぶねは満ち、搾り場は溢れている。彼らの悪は大きい。裁きの谷には、おびただしい群衆がいる。主の日が裁きの谷に近づく。太陽も月も暗くなり、星もその光を失う。
主はシオンからほえたけりエルサレムから声をとどろかされる。天も地も震える。しかし、主はその民の避け所  イスラエルの人々の砦である。あなたたちは知るようになる。わたしがあなたたちの神なる主であり  わが聖なる山シオンに住む者であることを。エルサレムは聖なる地となりもはや、異国の民がそこを通ることはない。その日が来ると山々にはぶどう酒が滴りもろもろの丘には乳が流れユダのすべての谷には水が流れる。泉が主の神殿から湧き出てシティムの川を潤す。エジプトは荒廃しエドムは滅びの荒れ野となる。ユダの人々を虐げその国で、罪なき者の血を流したからだ。しかし、ユダはとこしえにエルサレムは代々にわたって民の住むところとなる。わたしは彼らが流した血の復讐をする。必ず復讐せずにはおかない。主はシオンに住まわれる。

福音朗読  ルカによる福音書 11:27-28
イエスがこれらのことを話しておられると、ある女が群衆の中から声高らかに言った。「なんと幸いなことでしょう、あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は。」しかし、イエスは言われた。「むしろ、幸いなのは神の言葉を聞き、それを守る人である。」

祈りのヒント
神の言葉を受け取ることは、イエスの体を胎内に授かることよりも、イエスの目には大きな贈り物でした。
マリアは豊かに祝福されています。肉体を通して神の子の母であるということよりも、人生の中で神の言葉を受け取り、それによって生きることの方が、マリアにとっては重要なのです。マリアは、神の言葉を受け入れる方法、そのみ言葉を生き、深め、成長させる方法を教えており、そしてみ言葉が理解できず苦しむときでさえ成長する方法を教えてくれます。み言葉に忠実に生きることは、種をまき、根を張る作業です。これは、み言葉が発芽し根づくことができる、心の風土や気候を前提としています。み言葉を聞いたら、それを私たちの中に留めておく必要があります。それを冷蔵庫に保管するのではなく、私たちの生活の連続した段階を通して成長させていく必要があるのです。
(毎日のみことば 2019-10-12)

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