10月4日 聖フランシスコ(アシジ)修道者

第一朗読  ヨブ記 19:21-27
(ヨブは言った。)憐れんでくれ、わたしを憐れんでくれ 神の手がわたしに触れたのだ。
あなたたちはわたしの友ではないか。
なぜ、あなたたちまで神と一緒になってわたしを追い詰めるのか。
肉を打つだけでは足りないのか。

どうかわたしの言葉が書き留められるように 碑文として刻まれるように。
たがねで岩に刻まれ、鉛で黒々と記され いつまでも残るように。
わたしは知っている
わたしを贖う方は生きておられ
ついには塵の上に立たれるであろう。
この皮膚が損なわれようとも
この身をもってわたしは神を仰ぎ見るであろう。
このわたしが仰ぎ見る
ほかならぬこの目で見る。
腹の底から焦がれ、はらわたは絶え入る。

福音朗読  ルカによる福音書 10:1-12
(そのとき、)主はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされた。そして、彼らに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。財布も袋も履物も持って行くな。途中でだれにも挨拶をするな。どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。その家に泊まって、そこで出される物を食べ、また飲みなさい。働く者が報酬を受けるのは当然だからである。家から家へと渡り歩くな。どこかの町に入り、迎え入れられたら、出される物を食べ、その町の病人をいやし、また、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。しかし、町に入っても、迎え入れられなければ、広場に出てこう言いなさい。『足についたこの町の埃さえも払い落として、あなたがたに返す。しかし、神の国が近づいたことを知れ』と。言っておくが、かの日には、その町よりまだソドムの方が軽い罰で済む。」

祈りのヒント
今日、イエス様は多くの弟子たちをこの世に派遣されます。「行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。」世の中に弟子たちを派遣するイエスの言葉から、私たちは、彼の愛と心遣いを感じられます。彼はこの世界で、主の言葉を伝えることがいかに難しいことであり、排斥されることになるのかをあらかじめ知らせたかったのでしょう。

イエス様は「財布も袋も履物も持って行くな。途中で誰にも挨拶をするな」とお頼みになっています。私たちはこの言葉からキリスト者として生きなければならない基準と道を発見することができます。自分の評判のためには何も残さず、ただキリストに従って貧しさと苦難を喜んで受け入れた清貧の聖人、アッシジの聖フランシスコのように、私たちも今日一日出会う人々に「(神様の)平和があるように」と願うことができますように。

(毎日のみことば 2018-10-04)

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