11月3日 年間第31月曜日

第一朗読  ローマの教会への手紙 11:29-36
(皆さん、)神の賜物と招きとは取り消されないものなのです。あなたがたは、かつては神に不従順でしたが、今は彼らの不従順によって憐れみを受けています。それと同じように、彼らも、今はあなたがたが受けた憐れみによって不従順になっていますが、それは彼ら自身も今憐れみを受けるためなのです。神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、それは、すべての人を憐れむためだったのです。
ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。
「いったいだれが主の心を知っていたであろうか。だれが主の相談相手であっただろうか。
だれがまず主に与えて、その報いを受けるであろうか。」
すべてのものは、神から出て、神によって保たれ、神に向かっているのです。栄光が神に永遠にありますように、アーメン。

福音朗読  ルカによる福音 14:12-14
(そのとき、イエスは招いてくれたファリサイ派の議員に言われた。「昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない。その人たちも、あなたを招いてお返しをするかも知れないからである。宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」

祈りのヒント
人に良いことをするとき、私たちは知らないうちに見返りを求めがちです。イエスはそのような心の傾きを正し、利益を得られる関係の相手ではなく、お返しのできない貧しい人々に目を向けるよう招かれます。行いの動機を清め、執着や自己中心的な欲求から自由になることを求めておられます。誰にも知られずに善を行う人は、復活の日に神から真の報いを受けるでしょう。
(毎日のみことば 2025-11-03)

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