2月26日 年間第7火曜日

第一朗読  シラ書(集会の書) 2:1-11
子よ、主に仕えるつもりなら、自らを試練に向けて備えよ。心を引き締めて、耐え忍べ。災難のときにも、取り乱すな。主に寄りすがり、決して離れるな。そうすれば、豊かな晩年を送ることになる。身にふりかかる艱難は、すべて甘受せよ。たとえ屈辱を受けても、我慢せよ。金は火で精錬され、人は屈辱のかまどで陶冶され、神に受け入れられる。〔病気のときも貧しいときも、主に依り頼め。〕主を信頼せよ。そうすれば必ず助けてくださる。お前の歩む道を一筋にして、主に望みを置け。主を畏れる人たちよ、主の憐れみを待ち望め。わき見をしてはならない。さもないと、道を踏み外す。主を畏れる人たちよ、主を信頼せよ。そうすれば必ず報われる。主を畏れる人たちよ、主が賜るすばらしいこと、すなわち、永遠の喜びと憐れみを待ち望め。〔主は喜びに満ちた永遠の賜物を報酬として与えてくださる。〕昔の人々のことを顧みて、よく考えてみよ。主を信頼して、欺かれた者があったか。主を敬い続けて、見捨てられた者があったか。主を呼び求めて、無視された者があったか。主は、慈しみ深く、憐れみ深い方、わたしたちの罪を赦し、苦難のときに助けてくださる。

福音朗読  マルコによる福音書 9:30-37
(そのとき、イエスと弟子たちは)ガリラヤを通って行った。しかし、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった。それは弟子たちに、「人の子は、人々の手に引き渡され、殺される。殺されて三日の後に復活する」と言っておられたからである。弟子たちはこの言葉が分からなかったが、怖くて尋ねられなかった。
一行はカファルナウムに来た。家に着いてから、イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

祈りのヒント
大事なことに心を向けず、人間的な思いに執着しているのが私たちの姿である。弟子たちもイエスの予告を敢えて無視し、イエスの言葉に対峙しなかった。不安や怖れは私たちを真実から遠ざける。イエスから離れれば表面的に生きていくこともできる。神の子イエスはなぜ虚構になりがちな世界に降りてきてくださったのだろうか。イエスの言葉を深く味わうことができますように。
(毎日のみことば 2019-02-26)

ページ上部へ戻る