4月9日 復活の主日(復活の聖なる徹夜祭)

参考:【第一朗読】 創世記1:1.26-31a【第二朗読】 創世記22:1-18

第三朗読  出エジプト記 14:15-15:1a
(その日、追い迫るエジプト軍を見て、イスラエルの人々が非常に恐れたとき、)主はモーセに言われた。「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい。杖を高く上げ、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分けなさい。そうすれば、イスラエルの民は海の中の乾いた所を通ることができる。しかし、わたしはエジプト人の心をかたくなにするから、彼らはお前たちの後を追って来る。そのとき、わたしはファラオとその全軍、戦車と騎兵を破って栄光を現す。わたしがファラオとその戦車、騎兵を破って栄光を現すとき、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる。」
イスラエルの部隊に先立って進んでいた神の御使いは、移動して彼らの後ろを行き、彼らの前にあった雲の柱も移動して後ろに立ち、エジプトの陣とイスラエルの陣との間に入った。真っ黒な雲が立ちこめ、光が闇夜を貫いた。両軍は、一晩中、互いに近づくことはなかった。モーセが手を海に向かって差し伸べると、主は夜もすがら激しい東風をもって海を押し返されたので、海は乾いた地に変わり、水は分かれた。イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んで行き、水は彼らの右と左に壁のようになった。エジプト軍は彼らを追い、ファラオの馬、戦車、騎兵がことごとく彼らに従って海の中に入って来た。朝の見張りのころ、主は火と雲の柱からエジプト軍を見下ろし、エジプト軍をかき乱された。戦車の車輪をはずし、進みにくくされた。エジプト人は言った。「イスラエルの前から退却しよう。主が彼らのためにエジプトと戦っておられる。」
主はモーセに言われた。「海に向かって手を差し伸べなさい。水がエジプト軍の上に、戦車、騎兵の上に流れ返るであろう。」モーセが手を海に向かって差し伸べると、夜が明ける前に海は元の場所へ流れ返った。エジプト軍は水の流れに逆らって逃げたが、主は彼らを海の中に投げ込まれた。水は元に戻り、戦車と騎兵、彼らの後を追って海に入ったファラオの全軍を覆い、一人も残らなかった。イスラエルの人々は海の中の乾いた所を進んだが、そのとき、水は彼らの右と左に壁となった。主はこうして、その日、イスラエルをエジプト人の手から救われた。イスラエルはエジプト人が海辺で死んでいるのを見た。イスラエルは、主がエジプト人に行われた大いなる御業を見た。民は主を畏れ、主とその僕モーセを信じた。
モーセとイスラエルの民は主を賛美してこの歌をうたった。

参考:【第四朗読】イザヤ54:5-14【第五朗読】イザヤ55:1-11【第六朗読】バルク3:9-15,32~4:4【第七朗読】エゼキエル36:16-17a,18-28

使徒書の朗読 ローマの信徒への手紙 6:3-11
(皆さん、)あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けたわたしたちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。もし、わたしたちがキリストと一体になってその死の姿にあやかるならば、その復活の姿にもあやかれるでしょう。わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。死んだ者は、罪から解放されています。わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。死は、もはやキリストを支配しません。キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、生きておられるのは、神に対して生きておられるのです。このように、あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだと考えなさい。

福音朗読  マタイによる福音書 28:1-10
さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」

祈りのヒント
週の初めの明け方。辺り一面を包む闇の中に、ほのかな朝日がさし込むころ。イエスが十字架上で亡くなった後、心が闇と無力さと悲しみで一杯になっている2人のマリアが、イエスの墓へ足を運びます。イエスを愛する心を携えて。
この2人の姿を見ていると、イエスを愛する心は、闇や無力さや悲しみに押しつぶされない、むしろそれらに勝るものであることが伝わってきます。
2人が墓に着くと、大きな地震が起こり、主の天使が現れます。墓の番人は震えあがって死人のようになりますが、主を愛する2人のマリアには、主の天使の言葉が聞こえます。
“十字架につけられたイエスは、復活された。”
2人は大喜びで急いで墓を立ち去ります。2人の心を覆っていた闇と無力さと悲しみは消え去り、光と喜びに包まれて2人は弟子たちのところへ、走ります。
すると、イエスが行く手に立っていて「おはよう」と声をかけます。
イエスの優しい声とまなざしに、2人は気がつきます。
“あのイエスだ。病人に手を差し伸べていやし、幼子を抱きかかえて祝福し、心の貧しい人は幸いだと教えてくれた、あのイエスだ。”
“イエスは生きている”と。
この喜びの便りを、主を愛する者に復活の主が現れてくださるこの希望を、心に携えて、私たちもガリラヤへ、日常の生活の中へ、兄弟姉妹に出会いに行こう。
(日曜日のみことば 2023-04-09)

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