6月10日 教会の母マリア

第一朗読  使徒たちの宣教 1:12-14
(イエスが天に昇られた後、)使徒たちは、「オリーブ畑」と呼ばれる山からエルサレムに戻って来た。この山はエルサレムに近く、安息日にも歩くことが許される距離の所にある。 彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。彼らは皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた。

(または、創世記3:9-15, 20)

福音朗読  ヨハネによる福音書 19:25-34
(そのとき、)イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。 イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。
この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。 そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。 イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。
その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。 そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。 しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。

祈りのヒント
罪は、神と人の関係を分断する。
その罪に、十字架上でイエスは引き裂かれながら、神と人との関係を回復して下さった。
イエスは罪の分裂に自分の命を渡して、十字架の下の、引き裂かれた親子の関係にも、血縁を超えた、すべての人との新しい関係を開いてくれた。
すべてをはぎ取られてなお、与え続けるイエスの愛がある。
不条理のなかで関係をもち続け、イエスの声を受け取っていく母の愛がある。
苦しみの只中で一致できる愛があり、断ち切ることができない信頼の絆がある。
誰の人生にも苦しみの時がある。苦しみに押し潰され、心を閉ざすことがないように!この愛に癒され、励まされ、支えられて、イエスが成し遂げてくださった、神と共に生きる信頼の道を、希望をもって歩んでいけますように!

聖母マリア! ともに祈り、わたしたちの信仰を支え給え!

(毎日のみことば 2019-06-10)

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