8月5日 年間第18金曜日

第一朗読  ナホム書 2:1、3、3:1-3、6-7
見よ、良い知らせを伝え 平和を告げる者の足は山の上を行く。ユダよ、お前の祭りを祝い、誓願を果たせ。
二度と、よこしまな者が、お前の土地を侵すことはない。彼らはすべて滅ぼされた。
主はヤコブの誇りを回復される イスラエルの誇りも同じように。略奪する者が彼らを略奪し その枝を荒らしはしたが。
災いだ、流血の町は。町のすべては偽りに覆われ、略奪に満ち 人を餌食にすることをやめない。
鞭の音、車輪の響く音 突進する馬、跳び駆ける戦車。騎兵は突撃し 剣はきらめき、槍はひらめく。
倒れる者はおびただしく しかばねは山をなし、死体は数えきれない。人々は味方の死体につまずく。
わたしは、お前に憎むべきものを投げつけ お前を辱め、見せ物にする。お前を見る者は皆、お前から逃げて言う。
「ニネベは破壊された 誰が彼女のために嘆くだろうか。」お前を慰める者はどこを探してもいない。

福音朗読  マタイによる福音書 16:24-28
(そのとき、イエスは弟子たちに言われた。)「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。人の子は、父の栄光に輝いて天使たちと共に来るが、そのとき、それぞれの行いに応じて報いるのである。はっきり言っておく。ここに一緒にいる人々の中には、人の子がその国と共に来るのを見るまでは、決して死なない者がいる。」

祈りのヒント
イエスについて行くには自分の十字架を背負うべきです。イエスに倣うことによって、私たちは他の人間と違ってくるものになるわけです。人生における十字架をイエスと共に背負い、人生の浮き沈みに直面してもイエスについていくことができる恵みを願いましょう。
(毎日のみことば 2022-08-05)

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